観音埼灯台

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観音埼灯台
観音埼灯台(2016年8月)
観音埼灯台の位置(神奈川県内)
観音埼灯台
航路標識番号 2030 [M6360]
位置 北緯35度15分22秒 東経139度44分43秒 / 北緯35.25611度 東経139.74528度 / 35.25611; 139.74528座標: 北緯35度15分22秒 東経139度44分43秒 / 北緯35.25611度 東経139.74528度 / 35.25611; 139.74528
所在地 神奈川県横須賀市鴨居 4-1187
塗色・構造 白色八角塔形 コンクリート造
レンズ 第4等フレネル
灯質 群閃白光 毎15秒に2閃光
実効光度 77,000 cd
光達距離 19海里(約 35 km
明弧 152度 - 17度
塔高 19 m (地上 - 塔頂)
灯火標高 56 m (平均海面 - 灯火)
初点灯 1869年2月11日
(旧暦明治2年1月1日)

観音埼灯台(かんのんざきとうだい)は、日本灯台。日本最古[1]の洋式灯台として神奈川県横須賀市三浦半島東端の観音崎に立っている。白色八角形の中型灯台で、日本の灯台50選に選ばれている。

東京湾浦賀水道を照らし、東京湾海上交通センターとあわせ海上交通が輻輳する浦賀水道航路の安全に寄与している。また日本初の洋式灯台であり、この灯台の着工日を記念して11月1日灯台記念日に指定された。初代の設計はレオンス・ヴェルニー等が担当したが、大正時代の地震により2度再建され、現在の灯台は3代目にあたる。周辺は県立観音崎公園となっており、自然環境が保護されている。

歴史[編集]

それまで浦賀水道を照らしていた西浦賀燈明堂に代わり、1869年に点灯した。1866年慶応2年)、アメリカイギリスフランスオランダと結んだ「改税条約」(江戸条約)によって建設を約束した8ヶ所の灯台(条約灯台)の1つで、最も早く完成・点灯した[1]

初代灯台の建造に使用された「ヨコスカ製鉄所煉瓦」の刻印部分。
初代

建設当初は煉瓦造りの四角い洋館建てで、設計はレオンス・ヴェルニー等フランス人技師が担当した。屋上に灯塔を設けたフランス風白色八角形の煉瓦造灯台で、地上から灯火までの高さは 12.12 m 。フランス製の第3等フレネル式レンズ、3重心灯器を使用し、実効光度 1,750 cd 、光達距離は14海里(約 26 km)だった。

2代

地震で被災した初代に代わりコンクリート造で再建されたが、関東地震関東大震災)により、わずか半年ほどで崩壊した。

3代

関東地震の後にコンクリート造で再建され、現在まで使用されている。

一般公開[編集]

内部の見学が可能な参観灯台である(参観料:大人200円、小人無料)。灯台からは浦賀水道を航行する船舶や対岸の房総半島が一望できる。

灯台資料展示室[編集]

灯台資料展示室が併設されており、初代の灯台を造ったフランソワ・レオンス・ヴェルニーの胸像や灯台レンズ、灯台用ランプなどの貴重な資料が展示されている。

周辺にある碑[編集]

交通[編集]

その他[編集]

木下惠介監督、佐田啓二高峰秀子主演の映画『喜びも悲しみも幾歳月』(1957年松竹作品)のファーストシーンに登場し、ロケが行われた。

脚注[編集]

関連項目[編集]