触手

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触手が発達した樹手目のナマコ、Cucumaria miniata

触手(しょくしゅ、英語: tentacle)とは、無脊椎動物の周囲に状に分布する伸縮や屈曲が可能な状あるいは状の小突起[1][2][3][4][5][6]感覚細胞が多く分布する表皮であり、分類群によって千差万別であるが、感覚器・防御器(刺胞などによる[6])・捕食器・呼吸器コケムシ類などが該当[6])・固着器などの機能のいずれか複数を有する[1][2][3][4][5][6]

一般的性質[編集]

触手というのは、動物の周辺から生える突起物を指す言葉である。ただし、細くて固く、動かないものはと呼び、動かず、太くて固いものはと呼ばれる。触手と呼ばれるのは、それが柔らかくて、ある程度以上太く、動かすことができて、ものを探り、それをつかんで引き寄せることができるようなもの、あるいはえさを取るのに使うものを指すことが多い。つまり、触(触れる)手(のようなもの)という意味である。

このような意味からすれば、ナマズの髭は触手と呼んでもいいが、実際には触手ということはない。恐らく、触手は手の代わりであるという意味合いがあって、脊椎動物には元から手が(あるいはそれにあたるものが)あるので、この言葉が適用されにくいのであろう。脊椎動物の器官で触手の名を適用されるのはアシナシイモリにあるものくらいである。

そういう意味で、比較的無脊椎動物に対して使われることが多い。なお、英語のtentacleは食虫植物の粘毛に対しても使用されるが、日本語ではそのような使われ方はしない。

上記のように、触手というのは、対象が比較的あいまいであり、用途に基づく名前であるので、そう呼ばれるものは分類群によってその性質も働きも大いに異なっている。以下に代表的な例を記す。

軟体動物の場合[編集]

タコの触手

軟体動物において、頭足類タコイカの腕と言われるものは、触手の代表的な例である。ただし、学術書でも、触手と呼ばず、腕と呼ぶ場合もある。口の周辺に円形に八本の触手が並ぶ。それぞれの裏面には吸盤や鉤が備わり、獲物を保持するのに適している。イカには、他に二本の触手様の器官があり、さらに長く伸ばすことができる。これは普通、触手と言わず、触腕(しょくわん)という。なお、オウムガイでは触手は数十本ある。

これらの触手は筋肉に富み、巻き付いたり引っ張ったりすることができる。また、雄の触手の一本は雌の体内に精包を受け渡すために特殊な形となる。種によっては雌の体内にその触手を切り離して残すので、雌を解剖してそれを見つけた研究者が寄生虫と判断し、記載したことがある。

棘皮動物[編集]

棘皮動物においては体内に配置する水管系から体外に伸びる管足があり、ナマコ類では口の周りのものが特に発達して触手となっている。主として運動と摂食に用いられる。

刺胞動物の場合[編集]

刺胞動物は、その名の由来である刺胞を触手に持ち、それを使って小動物に毒を注入し、餌とする。刺胞動物の体の形は、大きく分けて二つあり、一つは定着性のポリプで、イソギンチャクなどがこれに当たる。もう一つは浮遊性のクラゲである。 どちらの場合も、触手は口の回りに円形に配置する。ポリプの場合、体は円筒形で、口は上を向き、触手は中央に口が位置する円盤の周辺に並ぶ。クラゲの場合、体の形は傘状で、傘の柄に当たる部分に口がある。触手は傘の縁に当たる部分に並んでいる。小動物に触手が触れると、刺胞によって毒を注入し、動かなくなった小動物を、ゆっくりと触手を曲げて口に運び、飲み込む。

刺胞動物は、体の構造に基本的な対称軸があり、クラゲ類は4、ポリプの場合、6か8である。消化管のひだや、生殖巣などがその数に合わせた形で存在し、触手の数もそれに連動している。

なお、かつて刺胞動物とともに腔腸動物として扱われた有櫛動物では触手は体の側面から一対出て、櫛状である。

環形動物の場合[編集]

環形動物では、多毛類ゴカイ類の頭部には、前方に向けて1対、横方向に数対の触手がある。触角的な意味が大きいので感触手ともいう。この触手がよく発達して、長く伸び、微粒子などの餌を集めるようになったものもある。また、カンザシゴカイやケヤリムシなど、固着性のものでは、触手がよく発達して花のように広がり、水中の微粒子をこし取って食べるようになっている。 ヒゲムシ・ハオリムシを含むシボグリヌム科(以前は有鬚動物と呼ばれた)はいずれも細い管のような巣に潜み、虫体は非常に細長い。頭に1〜多数の触手を持つ。消化管はない。

触手動物[編集]

かつて触手動物門というが認められていたことがある。ホウキムシ、腕足類、コケムシを含む群で、現在では、この3つはそれぞれ独立した群(箒虫動物門、腕足動物門、外肛動物門)と見なすことが多い。これらの動物では、口の周辺に円形又はU字型に触手が配列する。触手は細長い棒状で、曲げて動かすことは少なく、表面には繊毛が並んでいて、水中の微粒子などを口に運ぶ。同様な仕組みは内肛動物にも見られる。このような構造は、現在では、むしろ触手の配列全体をまとめて触手冠(しょくしゅかん)と呼ぶことが多い。

文化[編集]

世界初のSF専門パルプマガジン
アメージング・ストーリーズ
1948年9月号。正体不明の光る触手に美女が絡め捕られている。
1951年10月号。実験室で増殖したミュータントが触手で科学者を襲う。

触手は恐怖と嫌悪の対象でもある。ヨーロッパの中でも歴史的に古代ギリシアローマの影響力が強い地中海世界に属してこなかった地域では、古来、蛸(たこ)が悪魔の魚と怖れられて様々な物語で語られてきた。そこで描写されるのは、主として巻き付け、締め付ける触手と、そこに並ぶ無数の吸盤である[7]

また、蛸や烏賊(いか)の触手は、その柔らでしなやかに動き、絡みつき、吸い付く様から好色な連想を誘う面がある。日本では葛飾北斎が女体にタコを配した絵を描いているのが有名であるが、古代ギリシア・ローマでは蛸の卑猥さが論じられた。また、蛸自身が互いにしがみつきあい、絡まり合って交尾するとの記述がアリストテレスなどにも見られるが、これは事実無根の創作であり、やはり卑猥な印象によるものと考えられる[8]

SFでは、触手をもつ伝説上の怪物宇宙生物ミュータントなどがしばしば出現する。

日本では、SFホラー映画遊星からの物体X』が1982年(昭和57年)に公開されて以降、前田俊夫などの漫画菊地秀行などの小説、『SF新世紀レンズマン』『SF・超次元伝説ラル』などのアニメ、そしてアダルトゲームにも触手描写が採り入れられ、表現として定番化していった。また、成人向けコンピュータゲーム特撮作品などでは触手責めという概念が派生し、一ジャンルを築いた。

転義[編集]

日常的日本語としては、他に働きかけようとするを、比喩表現で「触手」という[4]。 用例として、梶井基次郎1927年(昭和2年)に著した短編小説冬の日』の一文、「向日性を持った、もやしのやうに蒼白い堯の触手は、不知不識しらずしらずその灰色した木造家屋の方へ伸びて行って、其処に滲み込んだ不思議な影の痕を撫でるのであった。」を挙げる[4]

また、「触手を伸ばす」は、1.「欲しいものを得ようとして働きかける[9]」、2.「(良くない意味で)自分のものにしようとして近づく[10]」、3.「野心をもって対象物に徐々に働きかける[11]」などの意で用いられる。1の用例を挙げるなら「パステルに触手を伸ばしたことが画伯のご成功のきっかけになったわけです。」。2の用例であれば「助川P芸能事務所Yの例の娘に触手を伸ばしてるってマジですか。」。

脚注[編集]

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出典[編集]

  1. ^ a b c 小学館『デジタル大辞泉』. “触手”. コトバンク. 2020年5月1日閲覧。
  2. ^ a b c 三省堂大辞林』第3版. “触手”. コトバンク. 2020年5月1日閲覧。
  3. ^ a b c 日立デジタル平凡社世界大百科事典』第2版. “触手”. コトバンク. 2020年5月1日閲覧。
  4. ^ a b c d e 小学館『精選版 日本国語大辞典』. “触手”. コトバンク. 2020年5月1日閲覧。
  5. ^ a b c ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』. “触手”. コトバンク. 2020年5月1日閲覧。
  6. ^ a b c d e 雨宮昭南(cf. KAKEN[1])、小学館『日本大百科全書(ニッポニカ)』. “触手”. コトバンク. 2020年5月1日閲覧。
  7. ^ カイヨワ・塚崎 (1975), pp. 52-56.
  8. ^ カイヨワ・塚崎 (1975), pp. 128-133.
  9. ^ a b 小学館『デジタル大辞泉』. “触手を伸ばす”. コトバンク. 2020年5月1日閲覧。
  10. ^ a b 三省堂『大辞林』第3版. “触手を伸ばす”. コトバンク. 2020年5月1日閲覧。
  11. ^ a b 小学館『精選版 日本国語大辞典』. “触手を伸ばす”. コトバンク. 2020年5月1日閲覧。

参考文献[編集]

  • 内田亨『動物系統分類の基礎』北隆館、1974年、増補。
    • 新装版:内田亨『動物系統分類の基礎』北隆館、1996年12月1日。ISBN 4-8326-0068-0、ISBN 978-4-8326-0068-3。
  • 『新日本動物図鑑 上巻』岡田要内田清之助内田亨 監修、北隆館、1965年。
    • 『新日本動物図鑑 中巻』岡田要・内田清之助・内田亨 監修、北隆館、1965年。
    • 『新日本動物図鑑 下巻』岡田要・内田清之助・内田亨 監修、北隆館、1965年。
  • 椎野季雄(cf. 日本の研究.com[2])『水産無脊椎動物学』培風館、1969年12月1日。ISBN 4-563-03713-3、ISBN 978-4-563-03713-0。

関連項目[編集]