計画都市

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世界最大の計画都市であるインドナビムンバイ
フレゼリシアの計画 (デンマーク) 1900年。1650年に設立
Partizánske スロバキア- 製靴工場と一緒に1938年に設立された典型的な計画された工業都市の例で、実質的に工場街に暮らすすべての住民が従業員に採用された。
ブラジリア建設のための採用された計画案
ISSから夜のブラジリア
ラプラタの上からの眺め、19世紀後半の計画都市
ペルセポリスの計画案

計画都市(けいかくとし、planned community、planned city)とは、都市計画に基づいて建設された都市。通常の都市は自律的な人の流れによって無計画に生まれて発展するが、このような「自然発生的な都市に対して、人工都市ともいわれる」[1]のが計画都市である。

世界最大の計画都市はムンバイ近郊のナビムンバイである[2]

歴史[編集]

計画都市は古代から存在した。たとえば古代ギリシャの場合、自然発生的な本国領域の都市よりも、海外植民地に設立された植民都市に顕著な計画性が見て取れ、「機能的・合理的な整然とした格子型都市」が建設された[3]

アリストテレスによれば、方格設計の発案者は、ミレトスのヒッポダモスである。「政治学」にはヒッポダモスが都市計画という技術を発明し、ピレウスを整備したこと、また(当時の常識に反して)学者としての生き方を優先するために、政治家になろうとはしなかった事などが書かれている[4]

彼はミレトスの再建、ピレウス、トゥリオイ、ロドス島の諸都市などの設計にかかわったとされる[3]

中世以降においても、植民地化の過程で新しい都市の建設が行われることがあり、このような都市の例として、ペルーベツレヘムスコットランドのグレンロセス、アルゼンチンラ・プラタメキシコのイスタパとカンクンベネズエラシウダーグアヤナなどがあり、これらは経済だけでなく政治の中心として建設された面もある[5]。世界中の首都の中には、そのようにして計画された都市が多数ある。#計画都市の首都を参照。

時代によって都市に求められる能力は変化し、計画都市はその影響をより直接的に受けるため、中世期につくられた計画都市が現代においてはその能力を十分に発揮できていなかったり、発展を阻害していたりする場合もある。

計画都市の首都[編集]

以下は初めから首都とするべく建設された計画都市の例である。

厳密には首都ではないが、マレーシアの連邦行政機能の中心となっているプトラジャヤも計画都市である。

類型の例 [編集]

ヒル・ステーション[編集]

「酷暑の植民地に駐在する冷涼な機能になれた本国の人々のために計画された都市」であり、植民都市の一種である。代表例としては中国の廬山、ベトナムのダラットサパ、マレーシアのキャメロンハイランド、ミャンマーのメイミョー、インドのシムラーダージリンなどがある[6]

学園都市[編集]

単に学園都市あるいは大学都市と言った場合、それは単に教育機関(大学)を中心に自然に発展した都市も含むが、ここでは都市計画に基づいて新規に建設された物を指す。 中核となる教育機関がまったくの新設である場合もあるが、メキシコの大学都市 (メキシコ国立自治大学)、日本の筑波研究学園都市のように大都市の過密対策として、既存の機関・施設を移転・再編することも多い。その性質上、住民の流動性が高く、コミュニティ形成が通常の都市と異なる[7]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ コトバンク『計画都市』
  2. ^ National Institute of Urban Affairs (2008年6月). “Appraisal of City Development Plan Navi Mumbai”. Yumpu. p. 2. 2020年8月24日閲覧。
  3. ^ a b 藤本康雄、田端修、樋口文彦. “西洋中世・古代の格子状街区平面都市と尺度用法 (pdf)” (日本語). 大阪芸術大学. p. 5. 2016年3月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年11月14日閲覧。
  4. ^ s:en:Politics_(Ellis)/Book_2#CHAPTER_VIII 政治学第2巻第8章。
  5. ^ 加嶋章博「「フェリーペ2世の勅令」とウィトルーウィウスの『建築十書』における都市計画理念の相異」『都市計画論文集』第39巻第3号、日本都市計画学会、2004年、 859-864頁、 doi:10.11361/journalcpij.39.3.859ISSN 1348-284X2020年9月2日閲覧。“規範概念の直接的な比較は困難であるが、広場や公共的な施設の美的、衛生的、機能的な点からみた配置論理は「フェリーペ2世の勅令」において扱われる施設の配置へ適用して解決されていると言える。また、都市が異教の原住民社会に及ぼす視覚効果を強く意識した配置論理を勅令は示している。これと同等の考えは『建築十書』には見当たらないが、象徴的な都市施設でもある神殿の布置に関して非常に意図的な構図や見え方を意識しており、この配置手法と勅令における都市の配置論理には強い関連性が認められる。”
  6. ^ 首代 佳吾, 山名 善之「計画都市ダラットの形成に関する研究 ヒル・ステーションとして要求された機能に着目して」『日本建築学会計画系論文集』第82巻第744号、日本建築学会、2018年2月、 231, 238、 doi:10.3130/aija.83.2312020年10月24日閲覧。
  7. ^ 山下 裕作「「筑波研究学園都市の民俗」試論 : 人工的自然の民俗誌(Ⅰ. 生活誌の試み)」『国立歴史民俗博物館研究報告』第181巻、2014年3月31日、 43頁、 doi:10.15024/000020972020年10月24日閲覧。

参考文献[編集]