論地駅

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論地駅
ろんじ
Ronji
大隅高山 (2.4km)
(1.8km) 吾平
所在地 鹿児島県肝属郡肝付町後田
所属事業者 日本国有鉄道
所属路線 大隅線
電報略号 ロン
開業年月日 1920年(大正9年)
廃止年月日 1987年(昭和62年)
備考 *廃止当時は高山町
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論地駅(ろんじえき)は、鹿児島県肝属郡高山町(現在の肝付町)後田にかつて設置されていた、日本国有鉄道(国鉄)大隅線廃駅)である。大隅線の廃止(廃線)に伴い、 1987年昭和62年)3月14日に廃駅となった。

廃止時の構造[編集]

  • 起点の志布志駅から、23.9 kmの地点にあった。
  • 1面1線の単式ホームを有する、列車交換不能駅であった。
  • 無人駅であった。
  • 駅舎はなく、ホーム上の待合所のみの駅だった。

歴史[編集]

大隅鉄道により開設された駅で、当初は762 mm軌間軽便鉄道の駅であった。1935年(昭和10年)に国有化され、1938年(昭和13年)に1,067 mm軌間へ改軌された。第二次世界大戦末期に一旦営業が休止されたが、戦後再開された。再開当初、駅員が4人配置されていたが、利用が少ないため2年ですぐに2人へ減らされ、さらに1955年(昭和30年)には無人化されていた。

年表[編集]

  • 1920年(大正9年)12月23日 - 大隅鉄道の鹿屋 - 高山(後の大隅高山)間開通時に開業。
  • 1935年(昭和10年)6月1日 - 鉄道省により国有化、古江線の駅となる。
  • 1936年(昭和11年)10月23日 - 古江線の路線名改称により、古江西線の駅となる。
  • 1938年(昭和13年)10月10日 - 1,067 mm軌間への改軌工事完成、古江東線と古江西線を合わせて古江線とする。
  • 1945年(昭和20年)6月20日 - 営業休止。
  • 1947年(昭和22年)10月7日 - 営業再開、駅員4人配置。
  • 1949年(昭和24年)4月 - 駅員2人に減。
  • 1955年(昭和30年)4月1日 - 無人駅化。
  • 1972年(昭和47年)9月9日 - 志布志駅 - 国分駅間全通に伴い古江線が大隅線に改称され、同線の駅となる。
  • 1987年(昭和62年)3月14日 - 大隅線の全線廃止に伴い、廃駅となる。

隣の駅[編集]

日本国有鉄道
大隅線
大隅高山駅 - 論地駅 - 吾平駅

参考文献[編集]

  • 高山郷土誌編纂委員会『高山郷土誌』1966年

関連項目[編集]