豊中市小5女児浴槽殺人事件

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豊中市小5女児浴槽殺人事件(とよなかししょうごじょじよくそうさつじんじけん)とは、1990年10月大阪府豊中市で発生した殺人事件

事件解決につながる有力な情報を得ることができないまま、犯人特定・犯人逮捕には至らず、2005年12月9日被疑者が特定されないまま公訴時効を迎えた未解決事件である。

概要[編集]

1990年10月14日夕方、豊中市刀根山1丁目の自宅の浴槽の中で市立小学5年生の女子児童(当時11歳)が意識がない状態でぐったりして倒れているのを帰宅した母親が発見し、女児は病院に運ばれた。しかし、意識が戻ることなく事件から約2ヵ月後の12月9日に死亡した[1]

大阪府警捜査一課の調べによると遺体には、首を絞められたような跡があり、母親が帰宅する直前に自宅玄関前の階段から急いで走り去るジーンズ姿の不審な若い男の姿を目撃しており、この男を目撃した直後に女児が浴槽で倒れているのを発見している[2]

豊中警察署捜査本部を設置して、約54000人の捜査員を投入して母親の目撃証言をもとに似顔絵を作成するも犯人を絞り込むことは出来ず、さらに事件解決につながる有力な情報を得ることができないまま、犯人検挙には至らず、2005年12月9日午前零時に公訴時効を迎えた[1]

女児の両親は連名で時効を迎えるにあたって、手記を公表し、「焦りと絶望の交錯する辛(つら)く悲しい気持ちで一杯」と手記の中で心境を綴り、また「罪のない幼い命を奪った犯人が、善良な市民の顔で暮らしていることは許せない。今からでも真実を語ってほしい」とも綴っている[2]

脚注[編集]

  1. ^ a b dorosuki『大阪・豊中の小5女児殺害事件が時効』
  2. ^ a b 47NEWS『小5女児殺人が時効に 大阪・豊中、両親が手記』2005/12/8発信

関連項目[編集]