豊崎 (大阪市)

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豊崎
ピアスタワー
Flag of Japan.svg 日本
都道府県 大阪府
市町村 大阪市
北区
人口
2016年(平成28年)9月30日現在)
 • 合計 5,701人
等時帯 UTC+9 (JST)
郵便番号
530-0072

豊崎(とよさき)は、大阪府大阪市北区町名。現行行政地名は豊崎一丁目から七丁目まで。2016年平成28年)9月30日現在の人口は5,701人、世帯数は3,702世帯[1]郵便番号は〒531-0072。

本項では町名の由来となった、かつての西成郡豊崎町(とよさきちょう)についても述べる。

地理[編集]

東は本庄西、南東に中崎、南に中崎西鶴野町茶屋町芝田、西に中津、北に西中島と隣接している。

河川[編集]

歴史[編集]

とよさきちょう
豊崎町
廃止日 1925年4月1日
廃止理由 編入合併
西成郡・東成郡計17町27村→大阪市
(大阪市第二次市域拡張)
現在の自治体 大阪市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 近畿地方
都道府県 大阪府
西成郡
総人口 56,110
国勢調査1920年
隣接自治体 大阪市(北区)
西成郡中津町西中島町
東成郡城北村
豊崎町役場
所在地 大阪府西成郡豊崎町大字本庄
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現行住居表示の豊崎は、かつて存在した西成郡豊崎町の西部にあたる。孝徳天皇難波長柄豊碕宮の比定地であったことに由来するが、後年の発掘調査により、比定地は中央区法円坂が有力になっている。

沿革[編集]

  • 1889年明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、西成郡南浜村・本庄村・北長柄村・南長柄村・国分寺村が合併して豊崎村が発足。
  • 1897年(明治30年)4月1日 - 大阪市第一次市域拡張により、豊崎村大字南浜・本庄のそれぞれ一部と国分寺の全域が大阪市へ編入され、北区豊崎大字南浜・本庄・国分寺となる。同じく一部が大阪市へ編入された西成郡川崎村の残余を編入し、大字川崎を追加。
  • 1900年(明治33年) - 北区へ編入された豊崎村・川崎村の旧村域に以下の町名が成立(一部は天神橋筋・天満橋筋に編入)。
    • 南浜町・本庄西権現町・本庄東権現町・本庄葉村町・本庄横道町・本庄中野町・本庄黒崎町・本庄浮田町・天神橋筋西・天神橋筋東・天満橋筋西・樋之口上之町・樋之口下之町
  • 1912年(明治45年)1月1日 - 豊崎村が町制を施行し、西成郡豊崎町となる。
  • 1924年大正13年) - 北区が以下の町名に改編。
  • 1925年(大正14年)4月1日 - 大阪市第二次市域拡張により、西成郡豊崎町が大阪市へ編入され、東淀川区南浜町・本庄町・川崎町・北長柄町・南長柄町となる。
  • 1927年昭和2年) - 東淀川区が以下の町名に改編。
    • 豊崎西通・豊崎東通・南浜町・本庄西通・本庄中通・本庄東通・本庄川崎町・天神橋筋・長柄西通・長柄中通・長柄東通・長柄浜通。
  • 1943年(昭和18年)4月1日 - 東淀川区へ編入された豊崎町の旧町域が大淀区へ転属。同時に北区との境界が変更され、境界付近の町名が両区にまたがる。
  • 1944年(昭和19年) - 北区が両区にまたがる町名の一部を改編し、以下の町名が成立。
    • 東和町(もと豊崎西通の北区側)・豊宮町(もと豊崎東通の北区側)・豊島町(もと南浜町の北区側)・菅栄町(もと国分寺町の北区側)。
  • 1977年(昭和52年) - 大淀区が現行住居表示を実施し、以下の町名が成立。
  • 1978年(昭和53年) - 北区が現行住居表示を実施し、以下の町名が成立。
  • 1989年平成元年)2月13日 - 北区と大淀区の合区により、全域北区に所属。

施設[編集]

かつて存在したし施設

交通[編集]

鉄道[編集]

道路[編集]

国道
主要地方道

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 大阪市 北区 区の統計
  2. ^ <ラマダホテル大阪>12月末で閉館 - 毎日新聞 2013年6月24日