豊津村 (千葉県)

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豊津村
廃止日 1914年4月1日
廃止理由 新設合併
豊津村館山町館山町
現在の自治体 館山市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 関東地方
都道府県 千葉県
安房郡
隣接自治体 館山町、神戸村西岬村
豊津村役場
所在地 千葉県安房郡豊津村
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豊津村(とよつむら)は、かつて千葉県安房郡に存在した村。現在の館山市の中部に位置している。1914年(大正3年)に館山町と合併して廃止された。

地理[編集]

現在の館山市では市域を10地区に分けており[1]、そのうちの一つ「館山地区」(2代目館山町域)の西側が旧豊津村域にあたる[2](東側が初代館山町域[2])。現代の町名大字)では、東から(ぬま)・宮城(みやぎ)・笠名(かさな)・大賀(おおか)にあたる。

沼地区の沖合にあった鷹ノ島(高ノ島)や、大賀地区の沖合にあった沖ノ島は、当村ではなく館山町の所属であった(現在も館山市大字館山に属している)[3][4]

「豊津」は明治時代に村が編成された際に新たに命名された瑞祥地名である。現在は、市の運営する「豊津ホール」(豊津地区学習等供用施設)[5]や豊津橋などに名を残す。

歴史[編集]

前近代[編集]

沼という地名は沼沢地が広がっていたことが由来とされる[6]。沼地区の内陸丘陵部には、大寺山洞窟遺跡など縄文時代から古墳時代にかけての遺跡がある[6]

保元物語』において源義朝のもとに馳せ参じた武士として挙がる沼平太は、沼村の武士と考えられている[6]。1097年(永長2年)、安房国司源親元によって沼地区に総持院(通称「沼の大寺」)が創建された[7]

江戸時代、沼村は内陸(岡方)の農業集落と沿岸(浜方)の漁業集落に分かれており、漁業集落を「(沼村之内)柏崎村」と呼んでいた[6][8]。その後、柏崎は「柏崎浦」として分立した[8]

近代[編集]

安房郡域の町村制施行時の町村
(※1897年に平郡・朝夷郡・長狭郡を安房郡に編入)
1.北条町 2.館山町 3.豊津村 4.西岬村 5.富崎村 6.長尾村 7.豊房村 8.神戸村 9.館野村 10.九重村 11.稲都村
平郡】21.凪原村〔のち那古町〕 22.船形村 23.八束村 24.富浦村 25.岩井村 26.勝山村 27.保田村 28.佐久間村 29.平群村 30.滝田村 31.国府村
朝夷郡】41.白浜村 42.七浦村 43.曦村〔のち千倉町〕 44.健田村 45.千歳村 46.豊田村 47.丸村 48.北三原村 49.南三原村 50.和田村 51.江見村
長狭郡】61.太海村 62.大山村 63.吉尾村 64.由基村〔のち主基村〕 65.田原村 66.鴨川町 67.曽呂村 68.西条村 69.東条村 70.天津村 71.湊村〔のち小湊町〕
現在の行政区画
赤:館山市 桃:鴨川市 紫:南房総市 橙:鋸南町

1878年(明治11年)に郡区町村編制法が施行された際、沼村・柏崎浦・宮城村が連合し(連合戸長役場)、大賀村・笠名村は香村ほか2村と連合した[8]。1884年(明治17年)に戸長役場の管轄変更が行われた際に、のちに豊津村となる領域が一つの連合となった[8]

1889年(明治22年)、町村制の施行により沼村・柏崎浦・宮城村・笠名村・大賀村が合併し、豊津村となった[9]。豊津という村名は新たに選定されたもので、この村が鏡ケ浦(館山湾)に面し船舶が出入りする港(津)であり、将来この港が発展することを願ったものである[8][2]。村域は5つの大字(沼・柏・宮・笠・大。旧村名の頭字を採ったもの)に分けられた[9]。豊津村は発足当初より館山町(初代)と町村組合を組織して自治を行っていたが[9][2]、1914年(大正3年)に館山町(初代)と合併し、新たに館山町(2代目)が発足した[9]

なお、1923年(大正12年)には関東大震災に伴い、沼から大賀にかけての海岸が隆起した。この隆起を利用して埋め立てが行われ、海軍館山飛行場が置かれた(現在は海上自衛隊館山航空基地が置かれている)。この埋立地には、第二次世界大戦後に富士見(ふじみ)という大字が命名されている[4]

行政区画・自治体沿革[編集]

社会[編集]

豊津村域では漁業と農業が伝統的な生業であった[8][2]

明治時代、宮城地区出身の蛯原久五郎は、上総大堀村(青堀町を経て現在は君津市の一部)で海苔の養殖技術を学び、宮城・笠名・大賀地区に海苔養殖を広めた[10]。「宮城海苔」の名で特産品となったが[11][10]、関東大震災による海底隆起によって養殖は不可能となった[10]

脚注[編集]

注釈[編集]

出典[編集]

  1. ^ 館山市の歴史”. 館山市役所. 2018年3月11日閲覧。
  2. ^ a b c d e 地区展図録 文化はぐくむ城のまち -館山- 館山地区”. たてやまフィールドミュージアム. 館山市立博物館. 2018年3月11日閲覧。
  3. ^ 地区展図録 文化はぐくむ城のまち -館山- 館山”. たてやまフィールドミュージアム. 館山市立博物館. 2018年3月11日閲覧。
  4. ^ a b 地区展図録 文化はぐくむ城のまち -館山- 富士見”. たてやまフィールドミュージアム. 館山市立博物館. 2018年3月11日閲覧。
  5. ^ 豊津地区学習等供用施設(豊津ホール)  ”. 館山市. 2019年1月5日閲覧。
  6. ^ a b c d 地区展図録 文化はぐくむ城のまち -館山- 沼”. たてやまフィールドミュージアム. 館山市立博物館. 2019年1月5日閲覧。
  7. ^ 地区展図録 文化はぐくむ城のまち -館山- (14) 総持院(沼)”. たてやまフィールドミュージアム. 館山市立博物館. 2019年1月5日閲覧。
  8. ^ a b c d e f 「館山町豊津村組合」『明治22年千葉県町村分合資料 十六 安房郡町村分合取調』、24-33頁。2018年4月1日閲覧。
  9. ^ a b c d 千葉県安房郡教育会(編) 1926, p. 1026.
  10. ^ a b c 地区展図録 文化はぐくむ城のまち -館山- (18) 蛯原久五郎碑(宮城)  ”. たてやまフィールドミュージアム. 館山市立博物館. 2019年1月5日閲覧。
  11. ^ 地区展図録 文化はぐくむ城のまち -館山- 宮城”. たてやまフィールドミュージアム. 館山市立博物館. 2019年1月5日閲覧。

参考文献[編集]

  • 千葉県安房郡教育会(編)『千葉県安房郡誌』千葉県安房郡教育会、1926年。2019年2月9日閲覧。

関連項目[編集]