貫田宗男

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貫田 宗男
(ぬきた むねお)
生誕 (1951-03-21) 1951年3月21日(67歳)
山口県
国籍 日本の旗 日本
出身校 中央大学
職業 登山家
山岳ガイド
著名な実績

8000メートル峰3座登頂
エベレスト登頂2回

1991年北稜
1994年南東稜

貫田 宗男(ぬきた むねお、1951年3月21日 - )は、日本登山家山口県出身。中央大学卒業。株式会社ウェック・トレック顧問。

来歴[編集]

山口県熊毛郡生まれ。世田谷区松原育ち。

佼成学園中学校・高等学校[1]登山部で登山を始める。中央大学入学と同時に「日本エキスパートクライマーズクラブ(JECC)」へ入会。21歳でヨーロッパアルプスを経験。23歳で渡米。1979年、ダウラギリV峰(7,618m/ネパール)登頂。中央大学卒業後は、アメリカカナダで登山ガイドに従事。

1982年にアルパインツアーサービスへ入社。1991年、4回目の挑戦でチベット側からエベレストに登頂。当時としては画期的な少人数パーティーでの登頂に成功した。しかし、同行者の二上純一が下山中に転落死を経験する。

1994年にアルパインツアーサービスを退社し、2度目のエベレスト登頂。1995年にアルパインツアーサービスの同僚と「ウェック・トレック(WEC)」を創業。世界の山々を目指す登山隊や撮影隊のコーディネーター、山旅のガイドを行う。

2003年から三浦雄一郎の3度のエベレスト挑戦(2003,2008,2013)や、2009年より日本テレビ番組「世界の果てまでイッテQ!」登山部、2010年よりNHKデジタル衛星ハイビジョン番組「世界の名峰グレートサミッツ」に関わる。

株式会社ウェック・トレック顧問、日本山岳ガイド協会公認ガイド、社団法人日本山岳協会海外常任委員、社団法人日本山岳会会員(海外委員会委員長、医療委員会委員)、日本勤労者山岳連盟顧問。

エピソード[編集]

  • 1984年2月、植村直己がマッキンリーで消息不明となってしまった際、テレビ局の依頼で取材を請け負って現地入りした。
  • 1996年5月、エベレストで発生した大量遭難事故に巻き込まれた登山隊には、日本人女性2人目の七大大陸最高峰登頂者となった難波康子が含まれていた。5月16日に生存者たちが下山し、麓のシャンボチェ村に到着したとき、貫田宗男は難波康子の夫の難波賢一と弟を引率してカトマンズ入りしていた。貫田宗男はジョン・クラカワーの著書「空へ」の巻末で謝辞表明一覧の一名に挙げられている。カトマンズに大挙していた報道陣の多くは日本からのものであり、この大量遭難事故は日本のメディアでも大きく取り上げられた。
  • 2007年7月、ドイツの国際公募隊に参加してガッシャーブルムII峰に挑戦していた竹内洋岳が雪崩に巻き込まれて腰椎破裂骨折、肋骨5本骨折等、瀕死の重症を負った。このとき貫田宗男は重症の竹内洋岳の日本までの搬送に尽力し、レスキューを専門とする業者から3000万円の見積もりが出ていたところを600万円でやり遂げることができた。
  • 2013年10月、「世界の果てまでイッテQ!」マナスル登山企画において、5,700m地点の第一キャンプ地で-5度の気温に震えるスタッフが、テントから顔を出した貫田宗男に話しかけたところ、「(テントの中は)天国だよ天国」と笑顔で発言した。隣のテントの中では、イモトアヤコが寒さに耐えながら寝袋にくるまっていた。スタッフが声を掛けたとき、貫田宗男とスタッフの会話を聞いていたイモトアヤコが泣き笑いしながら「(テントの中もすごく寒いのに)横で...天国だといっている...ジジイがいて...」と悪態をついたところから、『天国じじい』というニックネームが付けられた。
  • 2014年4月、日本テレビ「世界の果てまでイッテQ!」イモトアヤコエベレスト登山企画に参加して現地入りしていたが[2]、大規模な雪崩が発生したために企画自体が中止となった。

経歴[編集]

TV出演[編集]

  • 2009年6月21日 日本テレビ「世界の果てまでイッテQ!」珍獣ハンターイモトキリマンジャロ登頂プロジェクト前編[9]
  • 2009年6月28日 日本テレビ「世界の果てまでイッテQ!」珍獣ハンターイモトワールドツアー~キリマンジャロ登山後編~[3]
  • 2010年8月22日 日本テレビ「世界の果てまでイッテQ!」モンブラン登山前編[10]
  • 2010年9月5日 日本テレビ「世界の果てまでイッテQ!」モンブラン登山後編[4]
  • 2011年8月14日 日本テレビ「世界の果てまでイッテQ!」24時間テレビ直前登山スペシャル!
  • 2011年8月28日 日本テレビ「24時間テレビ」 キリマンジャロ登山[11]
  • 2012年2月19日 日本テレビ「世界の果てまでイッテQ!」イモトが挑む南米大陸最高峰アコンカグア登頂スペシャル[12]
  • 2012年9月30日 日本テレビ「世界の果てまでイッテQ!」マッターホルン登山[5]
  • 2013年4月21日 日本テレビ「世界の果てまでイッテQ!」八ヶ岳南沢大滝[13]
  • 2013年9月22日 日本テレビ「世界の果てまでイッテQ!」槍ヶ岳夏山合宿[14]
  • 2013年11月10日 日本テレビ「世界の果てまでイッテQ!」マナスル登山[6]
  • 2014年3月23日 日本テレビ「世界の果てまでイッテQ!」目指せ!女芸人軍団キナバル登頂プロジェクト[7]
  • 2014年5月18日 日本テレビ「世界の果てまでイッテQ!」イッテQ!登山部世界最高峰エベレストへの挑戦~その一部始終~[2]
  • 2015年6月14日 日本テレビ「世界の果てまでイッテQ!」Q.イッテQ!登山部八甲田山合宿 [15]
  • 2015年7月26日 日本テレビ「世界の果てまでイッテQ!」登山部マッキンリー登頂プロジェクト[8]

著書[編集]

  • 貫田宗男著『二人のチョモランマ』(1992/1,山と渓谷社) ISBN 978-4635170581

関連書籍[編集]

  • 長尾三郎著『精鋭たちの挽歌』(1988/11/1,山と渓谷社) ISBN 978-4620603582

脚注・出典[編集]

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  1. ^ 佼成学園中学校・高等学校第61回「渦潮祭」卒業生による公開講座
  2. ^ a b 日本テレビ. “世界の果てまでイッテQ! #244Q.イッテQ!登山部世界最高峰エベレストへの挑戦~その一部始終~”. 2016年5月27日閲覧。
  3. ^ a b 日本テレビ. “世界の果てまでイッテQ! #82Q.珍獣ハンターイモト ワールドツアー ~ キリマンジャロ登山 後編~”. 2016年6月6日閲覧。
  4. ^ a b 日本テレビ. “世界の果てまでイッテQ! #125Q.イッテQ!モンブラン登頂プロジェクト完結編”. 2016年6月6日閲覧。
  5. ^ a b 日本テレビ. “世界の果てまでイッテQ! SPQ.珍獣ハンターイモトマッターホルン登頂プロジェクト”. 2016年6月6日閲覧。
  6. ^ a b 日本テレビ. “世界の果てまでイッテQ! SPQ.マナスル登頂プロジェクト”. 2016年6月6日閲覧。
  7. ^ a b 日本テレビ. “世界の果てまでイッテQ! #239Q.目指せ!女芸人軍団キナバル登頂プロジェクト”. 2016年5月27日閲覧。
  8. ^ a b 日本テレビ. “世界の果てまでイッテQ! SPQ.イッテQ!登山部マッキンリー登頂プロジェクト”. 2016年6月6日閲覧。
  9. ^ 日本テレビ. “世界の果てまでイッテQ! #81Q.珍獣ハンターイモトキリマンジャロ登頂プロジェクト~前編~”. 2016年6月6日閲覧。
  10. ^ 日本テレビ. “世界の果てまでイッテQ! #124Q.珍獣ハンターイモトモンブラン登頂プロジェクト前編”. 2016年6月6日閲覧。
  11. ^ 日本テレビ. “世界の果てまでイッテQ! SPQ.24時間テレビキリマンジャロ登頂プロジェクト完全版”. 2016年6月6日閲覧。
  12. ^ 日本テレビ. “世界の果てまでイッテQ! SPQ.イッテQ!イモトが挑む南米最高峰アコンカグア登頂スペシャル!”. 2016年6月6日閲覧。
  13. ^ 日本テレビ. “世界の果てまでイッテQ! SPQ.イッテQ!登山部in八ヶ岳”. 2016年6月6日閲覧。
  14. ^ 日本テレビ. “世界の果てまでイッテQ! SPQ.イッテQ!登山部エベレストへの道”. 2016年6月6日閲覧。
  15. ^ 日本テレビ. “世界の果てまでイッテQ! #286Q.イッテQ!登山部八甲田山合宿”. 2016年6月6日閲覧。

関連項目[編集]