賀茂虫麻呂

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賀茂虫麻呂
時代 奈良時代
生誕 不明
死没 不明
官位 従四位下右兵衛率
主君 孝謙天皇
氏族 賀茂朝臣
父母 父:賀茂吉備麻呂[1]または賀茂小黒麻呂[2]
高賀茂諸雄円興、高賀茂田守、
高賀茂萱草
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賀茂 虫麻呂(かも の むしまろ)は、奈良時代貴族朝臣播磨守賀茂吉備麻呂または賀茂小黒麻呂の子。官位従四位下右兵衛率

経歴[編集]

天平勝宝元年(749年孝謙天皇の即位に伴い従五位下叙爵。孝謙朝では従五位上・右兵衛率に叙任される一方、聖武上皇の宮中にもら仕え恩寵を受けていた。天平勝宝8歳(756年)聖武上皇が崩御すると、左衛士督坂上犬養と共に悲しみのあまり山陵(佐保山南陵)に仕えることを望む。孝謙天皇はこれを許すと共に賞賛し、犬養は正四位上に、虫麻呂は三階昇進して従四位下に叙せられている。

官歴[編集]

系譜[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b 『続群書類従』や『尊卑分脈』所収の「賀茂氏系図」では吉備麻呂の子である小黒麻呂を虫麻呂と同一人物とする。
  2. ^ a b 吉備麻呂の活動時期(700年-720年)と、虫麻呂(740-760年)および諸雄(760-780)の活動時期から想定すると、吉備麻呂と虫麻呂の間に小黒麻呂を置いた方が妥当との指摘がある。(宝賀[1986: 1380])
  3. ^ a b c 『尊卑分脈』
  4. ^ 『続日本紀』天平宝字8年11月7日条で田守の兄とする。

参考文献[編集]