赤田和城

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赤田和城
愛知県
城郭構造 山城
天守構造 不明
築城主 不明
築城年 1430年永享2年)以前[1]
主な城主 間部詮清
廃城年 不明
遺構 なし
指定文化財 なし
位置 北緯35度00分04.7秒
東経137度20分02.1秒
座標: 北緯35度00分04.7秒 東経137度20分02.1秒
地図
赤田和城の位置(愛知県内)
赤田和城
赤田和城

赤田和城(あかんたわじょう)は愛知県岡崎市に存在した中世の日本の城山城)。

概要[編集]

阿弥陀寺精霊簿」に赤和田城の記述があり、間部筑前守藤原詮清(初代城主)、間部少輔政清らが城主となっている。正確な所在地は不明であるが、現在の岡崎市小久田町字門田の山麓に存在したと推定されている。[2]

出典[編集]

  • 『新編 岡崎市史 額田資料編Ⅰ 文化財 考古 中世城館』 新編岡崎市史額田資料編編集委員会、2010年3月31日
  • 『額田町史』額田町史編集委員会、1986年11月1日

脚注[編集]

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  1. ^ 『額田町史』 p146
  2. ^ 『新編 岡崎市史 額田資料編Ⅰ 文化財 考古 中世城館』 p323

関連項目[編集]