赤羽西

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赤羽西
—  町丁  —
赤羽西一丁目
赤羽西の位置(東京23区内)
赤羽西
赤羽西
赤羽西の位置
座標: 北緯35度46分24.76秒 東経139度43分2.87秒 / 北緯35.7735444度 東経139.7174639度 / 35.7735444; 139.7174639
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Tokyo Prefecture.svg 東京都
特別区 Flag of Kita, Tokyo.svg 北区
面積[1]
 - 計 0.951km2 (0.4mi2)
人口 (2017年(平成29年)12月1日現在)[1]
 - 計 17,004人
等時帯 日本標準時 (UTC+9)
郵便番号 115-0055[2]
市外局番 03[3]
ナンバープレート 練馬

赤羽西(あかばねにし)は、東京都北区町名。現行行政地名は赤羽西一丁目から赤羽西六丁目。郵便番号は115-0055[2]

地理[編集]

東京都北区の北西部に位置する。北で赤羽台、北東で赤羽、東で赤羽南、南東で中十条、南で十条仲原、南西で西が丘、西で板橋区蓮沼町と接する。北区北西部の台地に東西に長い町域を持つ。町域の東辺をJR鉄道路線が南北に走り、赤羽駅が町域に隣接して所在する。西部の赤羽西五丁目には旧・陸上自衛隊十条駐屯地赤羽分屯地から転用された自然観察公園が置かれている。

河川[編集]

地価[編集]

住宅地の地価は2017年平成29年)1月1日公示地価によれば赤羽西1-30-1の地点で87万2000円/m2となっている。

歴史[編集]

赤羽村が1871年(明治4年)11月浦和県(現埼玉県)から東京府北豊島郡に編入され、1889年に同郡岩淵町の一部となった。その後合併により1932年東京市王子区が成立し、王子区(現・東京都北区)の一部分となった。昭和30年代に住民から再開発の請願が出され、北区と住宅・都市整備公団によって、1976年昭和51年)から計画が着手、1986年(昭和61年)に十四階建ての高層住宅など第一期事業が完了した。第二期事業は、十階建て店舗、十九階建て店舗・住宅を建設する計画であり、1988年1月、イトーヨーカ堂から1992年(昭和67年9月)オープン予定の出店計画書が提出された[4]

世帯数と人口[編集]

2017年(平成29年)12月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

丁目 世帯数 人口
赤羽西一丁目 2,162世帯 3,598人
赤羽西二丁目 1,269世帯 2,353人
赤羽西三丁目 1,244世帯 2,249人
赤羽西四丁目 2,041世帯 3,587人
赤羽西五丁目 656世帯 1,220人
赤羽西六丁目 2,147世帯 3,997人
9,519世帯 17,004人

小・中学校の学区[編集]

区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[5][6]

丁目 番地 小学校 中学校
赤羽西一丁目 29〜34番 北区立赤羽台西小学校 北区立桐ケ丘中学校
6番
8番
35〜42番
北区立赤羽小学校
その他 北区立西が丘小学校 北区立稲付中学校
赤羽西二丁目 全域
赤羽西三丁目 1〜34番
35番1〜2号
35番8〜17号
36番1〜3号
36番10〜13号
その他 北区立梅木小学校
赤羽西四丁目 24〜28番
50〜54番
北区立赤羽台西小学校 北区立桐ケ丘中学校
その他 北区立西が丘小学校 北区立稲付中学校
赤羽西五丁目 1〜2番
その他 北区立赤羽台西小学校 北区立桐ケ丘中学校
赤羽西六丁目 全域 北区立桐ケ丘郷小学校 北区立稲付中学校

交通[編集]

鉄道[編集]

バス[編集]

道路[編集]

施設[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c 世帯と人口”. 北区 (2017年12月10日). 2017年12月19日閲覧。
  2. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2017年12月19日閲覧。
  3. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2017年12月19日閲覧。
  4. ^ 東京・赤羽駅西口再開発 スーパーが出店計画書提出 二期事業にはずみ 読売新聞 1988年1月23日 東京朝刊 都民版16頁
  5. ^ 小学校通学区域一覧”. 北区 (2017年11月7日). 2017年12月19日閲覧。
  6. ^ 中学校通学区域一覧”. 北区 (2017年4月1日). 2017年12月19日閲覧。

関連項目[編集]