車椅子スペース
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車椅子スペース(くるまいすスペース)とは、車椅子利用者の公共交通機関や公共施設へのアクセシビリティの観点から設置される一定のスペース。
鉄道、バス、タクシーなどの車椅子スペースのほか、映画館、劇場、イベントホール、スポーツ競技場などに設置される車椅子利用者用の観覧スペース(車椅子席ともいう)などがある。
法整備[編集]
法律で公共交通機関等に車椅子スペースの設置を義務付けている国がある。
- イギリス
- 1995年障害者差別禁止法(2010年に北アイルランドを除き廃止)
- 2010年平等法(北アイルランド以外で有効)
- スウェーデン
- 交通バリアフリー法
- 日本
- 高齢者、身体障害者等の公共交通機関を利用した移動の円滑化の促進に関する法律(旧法、2006年廃止)
- 高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律」(バリアフリー新法)
鉄道[編集]
鉄道車両の車椅子スペースは一般に乗降口に近い位置に設けられる[1]。車椅子スペースには一定の広さがあり、横手すり(2段手すりの場合もある)などが併設されることが多い[1]。
日本[編集]

近郊形電車、通勤形電車では車端の一部に座席を設置せずに、そのスペースを車椅子用としている。車両によっては、車椅子スペースの反対側にトイレを設置し、車椅子スペース付近に座席が存在しないこともある。対照的に一部を収納座席として車椅子利用者が乗車したら座席を収納させて車椅子スペースを作る例もある。これらの場所には車椅子マークが掲示されている。
新幹線および特急形車両の列車では、横(枕木方向)に2列+3列または2列+2列となっている座席配列のうちの通路側の席を一つ撤去し、そこに車椅子スペースが用意されていることが多い。この車椅子用のスペースは車両の端(出入り口に最も近いところ)に設置され、その出入り口の幅員は拡幅されていることもある。また、最寄りのトイレは車椅子対応になっている。
車椅子スペースを日本の通勤形車両で最初に採用したのは1981年落成の京都市交通局10系電車である[2][3]。設置場所は編成あたり1 - 2箇所の場合が多いが、設置パターンは先頭車両の車端、先頭車両の先頭部付近、中間車両のみと、まちまちである。
日本で本格的に導入が開始されたのは1990年代に入ってからである。2000年に出された旧運輸省の運輸省令第10号「移動円滑化のために必要な旅客施設及び車両等の構造及び設備に関する基準」により1列車に1か所以上の車いすスペースを設けることが義務付けられている[4]。車椅子スペースに加えてベビーカーや大きな荷物を持った人への配慮としてフリースペースが設置されているが、ケースによっては車椅子スペースの代用として用いられることもある。また、2014年頃に国土交通省よりベビーカーマーク[5]決定の公表があり、JR・地下鉄・私鉄各社で車椅子スペースへのベビーカーマークの掲出が増えている[6]。
欧米[編集]
欧米の列車では車いす用のスペースはベビーカー用のスペースと共有になっていることが一般的である[4]。
路線バス[編集]
ヨーロッパ[編集]
ヨーロッパの路線バスでは車椅子を後ろ向き(進行方向と反対向き)に背部を固定することができるようになっている[7]。
車いす利用者は自動で出されるスロープを用いて単独で乗車し、車いすスペースに自ら移動して安全を確保することができるという利点がある[8]。
後方を向くため車酔いになりやすいとの指摘もあるが、ドイツでは問題なく運用されているとの報告がある[8]。
日本[編集]
日本の路線バスでは車内の一部の座席を折り畳めるようにし、そこに車椅子を設置するためのスペースを用意していることが多い。この場合、車椅子スペースとして利用するためにはその部分の座席を畳む必要があり、車椅子マークおよび座席の折り畳み方の説明などが掲示されている。また、ベビーカーの固定ベルトが付いている場合もある。
ただし、バス会社によっては鉄道車両同様、空きスペースとなっている場合もある。
日本の路線バスでは車椅子を前向き(進行方向)に乗せて床に3本のベルトで固定することができるようになっている[7]。
運転手が折り畳み式のスロープを手動で展開したのち、車椅子を押して乗り込む[7]。ユニバーサルデザインの観点からは、高齢者も容易に乗降でき、車椅子利用者も他の乗客と同様に自力で簡単に乗降できるシステムが望ましいという指摘がある[8]。しかし、乗降方法が前乗り前降りの路線バスでは、中扉は締切扱いのため、これらの機能の使用を想定していない事業者が多く、車椅子利用者に対し、車椅子の折りたたみの強制や乗車拒否が後を絶たない[9][10][11]。
タクシー[編集]
ヨーロッパ[編集]
イギリスでは2000年1月にロンドン市内のすべてのタクシー、2010年には英国内のすべてのタクシーがアクセシブル化された[12]。
EU諸国では誰でも乗れるタクシー設計を目指す「タクシー・フォー・オール」と呼ばれるプロジェクトが組織され、スウェーデンでは低床のタクシーライダーが開発された[13]。
日本[編集]
欧米とは異なり、日本ではバリアフリー新法が制定されるかなり前からボランティア組織による個別移送サービスが提供されてきた[13]。
なお、タクシー事業者は「高齢者、身体障害者等の公共交通機関を利用した移動の円滑化の促進に関する法律」では適用対象ではなかった[13]。しかし、「高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律」(バリアフリー新法)では適用対象となった。
日本のタクシーは古くから市販の4ドアセダンを流用しており、その後に登場した車椅子の収納を考慮したタクシー専用車やミニバン流用車であっても、車椅子はたたんでトランクに収納するか、後席の前に置く以外になかった[14]。しかし、2010年(平成22年)発売の日産・NV200バネットタクシー(バックドア+スロープでの乗降)と、2017年(平成29年)発売のトヨタ・JPN TAXI(左スライドドア+スロープでの乗降)によって、ようやく車椅子のまま乗降できるタクシーの普及が始まった[15]。
出典[編集]
脚注[編集]
- ^ a b バリアフリー整備ガイドライン(車両等編)第4部 1.鉄軌道(交通エコロジー・モビリティ財団) (PDF)
- ^ 『鉄道ファン』通巻233号折込
- ^ 路面電車車両を含めると1977年落成の東京都交通局7000形電車の更新車が最初である。
- ^ a b 斎藤綾乃, 鈴木浩明, 白戸宏明 ほか、「ベビーカー利用者等に配慮した通勤近郊車両内車いすスペースの手すり寸法」 『人間工学』 2007年 43巻 2号 p.71-80, doi:10.5100/jje.43.71
- ^ 「公共交通機関等におけるベビーカー利用に関する協議会」決定事項の公表について(H26.3.26)
- ^ 地下鉄・ニュートラム・バスの車両に「ベビーカーマーク」を表示します 大阪市交通局[リンク切れ]
- ^ a b c 『新・ユニバーサルデザイン―ユーザビリティ・アクセシビリティ中心・ものづくりマニュアル』ユニバーサルデザイン研究会、2005年、132頁
- ^ a b c 『新・ユニバーサルデザイン―ユーザビリティ・アクセシビリティ中心・ものづくりマニュアル』ユニバーサルデザイン研究会、2005年、133頁
- ^ バス運転手、車椅子理由に乗車拒否 県委員会 運行会社に配慮助言/成田. ガールズチャンネル. 2017年10月9日閲覧.
- ^ 車椅子利用者はバスに乗れない!? 本当か千葉のバス. 2017年10月9日閲覧.
- ^ 箱根登山バスの車椅子利用者の乗車拒否. WOOD NOTE-ITアーキテクト・マネージャの日々. 2017年10月9日閲覧.
- ^ 『新・ユニバーサルデザイン―ユーザビリティ・アクセシビリティ中心・ものづくりマニュアル』ユニバーサルデザイン研究会、2005年、126頁
- ^ a b c 『新・ユニバーサルデザイン―ユーザビリティ・アクセシビリティ中心・ものづくりマニュアル』ユニバーサルデザイン研究会、2005年、129頁
- ^ 日産自動車がタクシー用として販売していたクルーはそれすらも考慮されているとは言い難く、もともと内寸が小さいトランクの一部はLPGタンク(ボンベ)に占領されており、開口部も高いうえに狭いため、一般サイズの車椅子では積み下ろしには難渋する。そのうえ、積み込んだ状態ではトランクリッド(蓋)が閉められず、車体からはみ出した車椅子をリッドではさみ込み、それらをゴムひもなどで固定する必要がある。圧力容器であるLPGタンクは「高圧ガス保安法容器保安規則」に基づいて生産され、検査を受けるため、素材や寸法・形状が決まっており、車両ごとに最適化されていないという問題もある。
- ^ NV200バネットタクシーは、バックドアで乗降する市販の福祉車両と同じ構造としたため、大型LPGタンクが搭載できず、ガソリン・LPGのバイフューエル仕様はあるものの、タクシー事業者にとって燃料のコストメリットが大きい純粋なLPG仕様は生産されていない。一方、JPN TAXIは従来型車と同様に客席背後/荷室前部にLPGタンクが横たわっており、これが障害となるためバックドアからの乗降は考慮されていない(「トヨタ・ジャパンタクシー#車椅子利用者からの改善要求」も参照)。