運転

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運転(うんてん)とは、

  • 機械をあやつって動力で動かすこと[1]。特に自動車列車などを動かすことをこう言う[2]
  • 大きな機械を動かすこと[1]
  • 団体や組織を活動させること[1][3]

概説[編集]

運転とは、自動車や列車、大型機械、組織団体などをあやつること、動かすことをいう。四輪自動車や二輪自動車(オートバイ)をあやつることは、日本の道路交通法や警察などの用語では「運転」という。ただし、商業的・日常的にはカタカナ(や英語)を用いて「ドライビング (driving)」といったり、オートバイの場合は日本でも英語で「ライディング (riding)」といわれることもある。また、列車をあやつることも基本的に運転と言う[注 1]

安全に留意した運転を行うことを安全運転[4]と言う。 反対に、事故を引き起こす可能性が高いような危険な運転を危険運転という。

乗り物や機械が完成したときに、一般の人々を乗せたり一般に使用する前に、運転の状態(正しく動くかどうか)を試すことを試運転と言う。

自動車[編集]

トラックの運転

ほとんどの国や地域で、自動車を運転することは禁止されている。運転するには自動車の種類に合わせた運転免許を取得することが必要である。免許が必要な自動車をそれに対応した免許を持たずに運転することを無免許運転という。

運転をする人や、運転することを職業とする人を運転手と言う。

安全運転・危険運転[編集]

不注意な運転や無謀な運転は交通事故を引き起こす。被害者を生まないため、また運転者を加害者にしてしまわないため、安全運転の教育が行われている。

近年の日本の自動車教習所では、楽観的な予測にもとづいて運転することを「だろう運転」と呼んで、そうした運転を行わないように指導しており、不都合なことも起きるかも知れないと予測しつつ、余裕を持ちすぐに対処できる心の準備をした運転をすることを「かもしれない運転」と呼び、「かもしれない運転」を奨励している。

酒を飲んで運転することを飲酒運転といい、多くの国ではこれを法律で禁止している。飲酒をすると人は判断力が極端に低下する。日本では東名高速飲酒運転事故福岡飲酒運転事故など飲酒運転に起因する死亡事故がマスメディアで大きく取り上げられ、従来の法律による処罰では不十分とされ、2007年9月19日には道路交通法が改正され、飲酒運転に対する罰則が厳罰化され、酒を飲んで車両を運転した者の罰則が強化されただけでなく、飲酒運転をすると知りつつ酒を提供した者、車両を提供した者、同乗した者に対する罰則も設けられた。飲酒をして自分の車を運転することが出来なくなった人の代わりにその車を運転すること、代理で運転する人を派遣する業務を運転代行という。

運転中に運転以外の行動を同時に行いながら運転することをながら運転という。交通事故の原因になるとされる。米国道路安全保険協会の調査では、運転中に携帯電話で通話をすると、負傷で病院へ運ばれるほどの衝突事故を起こす確率が4倍に高まるといい[5]、その危険性は、携帯電話を手に持たずに話すハンズフリー通話にしていても変わらないという[5]。日本では運転中に携帯電話を片手に持ち通話する行為や、運転中に携帯メールを操作する行為は交通違反とされ、法律で禁止されている。

四輪自動車[編集]

運転をしているところ。を積極的に用いて前方、後方、周囲を確認し、耳で周囲の車のホーンや自車のエンジン音などを感じとる。ブレーキスロットルアクセル)のペダルを操作し、ステアリング・ホイールを操作する。MT車の場合は、この他にクラッチペダルシフトレバーによる変速操作が加わる。

運転技術の習得[編集]

四輪自動車(いわゆる「自動車」)の運転の基本は一般に自動車教習所(一般に「自動車学校」や「ドライビングスクール」等と呼ばれているところ)で習得することができる。

教習の方法は国ごとに異なる。たとえば、ヨーロッパでは自動車教習所は一般的に練習用コースを備えておらず、入学の初日に座学を少しした後いきなり実車で公道に出て走り、数週間ほど座学と実技を並行的に行う、といった教習方法がごく一般的に行われている。

日本の教習所の場合、まず座学にある程度の日数をかけ、道路交通法に関する知識、不注意な運転や無謀な運転が引き起こす交通事故やその悲惨な結果に関する情報、安全運転のために必要な考え方、自動車の機械的な構造と操作の原理 等々を学び、やがて実技を開始し、教習所内の練習コースで実際の自動車の運転席に座って、助手席に教官が乗った状態で安全確認のしかたや、交通信号道路標識の見方、正しい発進・停止方法や進路変更の方法、状況ごとのペダルステアリング(ハンドル)等の使い方、等々の訓練を行っている。

教習所内のコースでの操作では、一般に、S字クランク縦列駐車坂道発進などを特に難しいと感じる人が多い。教習所内で一定のレベルの運転ができるようになると、日本の場合は仮運転免許が交付され、公道に出ての教習を行う。そして検定試験に合格することで、公道を運転するのに必要な運転免許が与えられる。

免許取得後に公道で実際に走行するようになった段階で重要になるのは、ステアリングやペダルの操作よりも、むしろ安全確認であり、それが運転する時に意識することの中心となってゆく。

二輪自動車(自動二輪車)[編集]

オートバイの運転の基本も一般に自動車教習所で習得することができる。日本の場合、座学で、道路交通法に関する知識、無謀な運転が引き起こす事故やその悲惨な結果に関する情報、安全運転のために必要な考え方、オートバイの機械的な構造と操作の原理 等々を学び、実技で実際のオートバイを利用して安全確認のしかたや、正しい発進・停止方法や進路変更の方法、状況ごとのハンドルやペダル等の使い方、オートバイが倒れた時の起こし方 等々の訓練を行っている。そして検定試験に合格することで、公道を運転するのに必要な運転免許が与えられる。 (一部の人ではあるが)教習所に通わず、自力で学習したり、検定所のコースを借りて走行練習を行い、検定試験を受けて免許を取得する人もいる。

オートバイは、四輪自動車とはかなり異なった運動特性を持っており、また操作レバーやペダルの配置も独特であるので[注 3]、それらを習得する必要がでてくる。

オートバイは基本的にバンクさせて(車体を傾けて)運動方向を変える

オートバイの場合、自身の身体の左右のバランスを利用しつつ(体重移動を行いつつ)、ひざの内側を用いて燃料タンクなどを左右に押して車体を傾けることで、それと連動して自然と前輪の回転軸が左右にずれること(これをセルフステアと言う)などを利用して、運動方向を変えてゆく[7]。体重移動も行わないでただハンドルに腕で力を入れて強引に左右に操作しようとしても、かえってセルフステアの邪魔をして、左右のバランスが崩れ不安定になるばかりで、なかなか運動方向は変わらない[7]

自動車の運転に関する関連項目[編集]

運転と意識[編集]

自動車や二輪車のいわゆる「運転」は、人の体の「延長化」(=まるで自身の「身体」の領域を広げて、自動車の車体や、出力を生むエンジンや、地面をとらえるタイヤや、それを止めるブレーキを、あたかも自分の身体の一部のように感じられるようにしてゆくプロセス)であり、神経系の上に乗っかるものに体をなじませて行く行為であり、(もともと自分の身体ではないはずの)義手義足を使いこなしたり、長いトレーニング期間を経てキーボードブラインドタッチできる感覚に似ており、考えながら運転しているような状況では事故を起こしやすい(教習所で学び始めたばかりの教習生のように、たとえば前進・後進を切り変えるたびに、いちいちハンドルを回すべき向きについて考えこまなければならないような状態だったり、止まりたい時にブレーキペダルの位置を眼で探すなどしているようでは、事故を起こす。)。トレーニングを積んだ経た結果、まるで自分の身体を動かすように「考えなくとも」、自分の身体のように自車を操れる状態になることが「運転できる」状態である[8]

ただし、漫然と運転するようになってはいけない[9]。 「漫然運転」はしてはいけないのである。 ただの「運転できる」状態と「安全運転」の状態では、必要な意識の状態が異なる。 教習所でのトレーニング後に、考えなくなって良いのは、あくまで自車のハンドル操作やペダル操作の部分であって、安全運転を行うためには、どれだけ経験を積んでも、かなり意識的に、常に周囲の歩行者の動きや周囲の車の動きを確認し、かなり意識的に歩行者や他の運転者が考えていることを推し量ったりしなければならない。経験数十年のベテラン運転者になると、実際の道路上で注意すべきポイントはどこなのかわかってきているので、比較的スムーズに安全運転ができるようになる。だが、それでもかなり意識的に行って 安全運転というのは可能になる。ベテランドライバーであっても漫然と運転しては事故を起こす。 「まったく考えない」とか、まるで自宅の自分の部屋の中で独りでいるときに自分の身体を動かしているだけのような、「考えず」(無意識に近いような、ただリラックスしきった感覚で)自車を動かすと、交差点での左折時に自転車や歩行者を巻き込む事故を起こしたり、右折時に対向車を見落としてしまって正面衝突したり、右折時に(首を、かなり意識的に右後方に向けてまわさないと、運転者には見えない右後方から)横断歩道上に走りこんできた自転車と接触する、などといった事故を起こしてしまう。周囲の歩行者や周囲の自動車は、あくまで他者であり、それぞれの意志や事情で動いており、自分の身体や自車のように「延長化」はできない。たとえば、後方の視野の外から飛びこむように走りこんでくる自転車や歩行者がいるかも知れないわけなので、かなり意識的に頭部を後ろにまわして見る、とか、たとえば子供が歩道上を歩いていたら「子供は、思いつきで突発的に走り出すかも知れないから、要注意だ」とか「あの子は手にサッカーボールを持っていて、おまけに、それを「もて遊んで」いる。ボールを落とす可能性はかなりあるし、それを追いかけて車道に突っ込んでくるかも知れないから、要注意だ」と考える(判断する)、等々、常に注意すべきポイントに注意を向け、気をひきしめて、意識的に運転をする必要があるのである。

鉄道[編集]

列車 関連項目[編集]

大型機械[編集]

大型機械 関連項目[編集]

組織・団体[編集]

団体組織を活動させることも(まれに)「運転」と言うことがある。「運転資金」などといった表現で用いられている。


組織・団体 関連項目[編集]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 操縦とも
  2. ^ アクセルペダルは足裏全体で乱暴に踏んだりしてはいけない、親指や親指付け根あたりで優しく繊細に押すものです、といった指導が教習所で行われることがある。(稀にだが)乗車しはじめの生徒の中には、アクセルペダルを足全体で大きく踏み込むものと勘違いしている者がおり、これでは最初から車を暴走させかねないため、特に乗車しはじめの生徒に対して、教官はアクセルペダルの扱い方について注意をすることがある。
  3. ^ レバーやペダルの配置についてはオートバイ#操作系が参照可

出典[編集]

  1. ^ a b c 広辞苑 第五版 p.277
  2. ^ デジタル大辞泉
  3. ^ 「運転」という用語は、組織を動かす場合にも(まれに)使用される用語であり、この意味では「運営」などの類義語。例えば組織を運営(運転)するために必要なお金を「運転資金」と言う。#組織・団体
  4. ^ 英語ではsafty driving
  5. ^ a b [1]
  6. ^ その他、重力勾配)、抗力(道路の曲率や路面の摩擦係数など。)の影響も受ける。
  7. ^ a b 柏秀樹『柏秀樹の転んではいけない』モーターマガジン社、2010年
  8. ^ サイ - 立花隆×押井守対談「4、身体の共有 犬」
  9. ^ 東京海上「的確な状況認識をしよう」

関連文献[編集]

  • 黒沢元治『ドライビング・メカニズム―運転の「上手」「ヘタ」を科学する』 勁草書房、2000
  • 『図解運転テクニック:この通りにやれば必ず上達する』日本実業出版社、2003
  • 徳大寺有恒『決定版 徳大寺有恒のクルマ運転術』草思社、2005
  • 和歌山利宏『ライディングの科学』グランプリ出版、1990