鶉田神社

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鶉田神社
Uzurata jinja2008-1.jpg
所在地 岐阜県岐阜市東鶉5丁目63番-1
位置 北緯35度22分43.72秒
東経136度44分27.18秒
主祭神 素戔嗚尊
社格 郷社
創建 771年宝亀2年)
別名 お天王さん
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鶉田神社(うずらたじんじゃ)は、岐阜県岐阜市東鶉にある神社。美濃国厚見郡鶉郷(現・岐阜市鶉)の産土神である。子供と健康の神社として信仰がある。

本殿の「尾なし龍」などの彫刻は、左甚五郎(3代目)の作と伝えられている。

概要[編集]

771年宝亀2年)、舎人親王の孫がこの地を開拓し鶉郷と名付けたさい、土地の鎮守の祠を建てたのが始まりという。古くからの信仰があり、1281年弘安4年)元寇(弘安の役)のさいは朝廷の使者が、戦国時代永禄年間には織田信長が戦勝祈願を行なっている。

1645年正保2年)、突如この神社から出火し、一帯が全焼する。この際、狛犬神体、本殿の彫刻の一部は無事であったという。この火災については、後述の伝説がある。1655年明暦元年)、加納城城主松平光重の命で再建される。このさい神宮寺として遍照寺が設置され、このころから牛頭天王社と呼ばれるようになった。

明治初期、廃仏毀釈により牛頭天王社と遍照寺は分離される。1873年(明治6年)に郷社となり、鶉田神社に改称する。

1891年(明治24年)の濃尾地震で社殿が倒壊。復興後1997年(平成9年)に大改修が行なわれている。

祭神[編集]

尾なし龍の伝説[編集]

左甚五郎作の龍の彫刻には命が宿っており、夜になると空へ舞い上がっていたという。村人はそれを恐れていたが、「おはつ」という足の不自由な娘だけが龍を恐れることなく、龍と毎日遊んでいたという。

そんなある日、年貢を納められなかった母親が加納城の役所に連れて行かれ、牢屋に入れられてしまった。母親に会いたいおはつは、まだ治っていない足をひきずりながら加納城へ向かったが、途中の境川で溺れてしまい命を落とす。これを知った龍は激怒して天に舞い上がり、口から火を吐いて加納城下を焼き払ってしまった。人々はそれを恐れ、彫刻の龍の尾を切り捨てて、二度と空へ飛べないようにしたという。

この尾なし龍の伝説を基にして、2001年に創作歌劇が制作されている。

交通アクセス[編集]