過ぎ去りし想い出は

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過ぎ去りし想い出は
大塚博堂シングル
初出アルバム『過ぎ去りし想い出は』
B面 夕暮れのような微笑
リリース
ジャンル J-POP
レーベル 日本フォノグラム
プロデュース 三浦光紀
大塚博堂 シングル 年表
ダスティン・ホフマンになれなかったよ
1976年
過ぎ去りし想い出は
1977年
季節の中に埋もれて
(1977年)
収録アルバム過ぎ去りし想い出は
過ぎ去りし想い出は
(1)
夏の面影
(2)
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過ぎ去りし想い出は」(すぎさりしおもいでは)は、1977年3月5日に発売された大塚博堂の2枚目のシングル。同日、同名のアルバムも発売された。

シングル[編集]

この曲のメロディは、博堂が酒を飲みに行って、家に帰る途中、ほろ酔いになったときに浮かんだ。

収録曲[編集]

  • 全曲作曲:大塚博堂
  1. 過ぎ去りし想い出は
    作詞:大塚博堂/編曲:森岡賢一郎
  2. 夕暮れのような微笑
    作詞:藤公之介/編曲:あかのたちお

アルバム[編集]

過ぎ去りし想い出は
大塚博堂スタジオ・アルバム
リリース
ジャンル J-POP
レーベル 日本フォノグラム
プロデュース 三浦光紀
チャート最高順位
大塚博堂 年表
ダスティン・ホフマンになれなかったよ
1976年
過ぎ去りし想い出は
1977年
もう少しの居眠りを
1978年
『過ぎ去りし想い出は』収録のシングル
  1. 「過ぎ去りし想い出は」
    リリース: 1977年3月5日
  2. 娘をよろしく
    リリース: 1981年6月13日
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前作に引き続き、愛・青春・ふるさとを歌い、さらには、旅情も加え、愛とやすらぎを謳う大塚博堂の世界を更に広げる事がテーマ。作詞陣は、藤公之介はじめ博堂の音楽仲間が担当。作曲は全曲博堂。編曲は。前作に引き続き、森岡賢一郎あかのたちお佐藤準が担当。

収録曲[編集]

  1. 過ぎ去りし想い出は(作詞・作曲:大塚博堂 編曲:森岡賢一郎
  2. 夏の面影(作詞:川崎ひろみ 作曲:大塚博堂 編曲:佐藤準
  3. 突然の出逢いに(作詞:井手剛一 作曲:大塚博堂 編曲:あかのたちお
  4. 見送った季節のあとで(作詞:藤公之介 作曲:大塚博堂 編曲:森岡賢一郎)
  5. 旅でもしようか(作詞:藤公之介 作曲:大塚博堂 編曲:あかのたちお)
  6. 歩道橋(作詞:藤公之介 作曲:大塚博堂 編曲:佐藤準)
  7. 娘をよろしく(作詞:広瀬俊夫 作曲:大塚博堂 編曲:森岡賢一郎)
  8. 週末まで待って(作詞・作曲:大塚博堂 編曲:佐藤準)
  9. 日付のない日記(作詞:赤尾伸雄 作曲:大塚博堂 編曲:佐藤準)
  10. 青春の宴(作詞:藤公之介 作曲:大塚博堂 編曲:あかのたちお)
  11. 夕暮れのような微笑(作詞:藤公之介 作曲:大塚博堂 編曲:あかのたちお)
  12. それぞれ(作詞:藤公之介 作曲:大塚博堂 編曲:あかのたちお)

カバー[編集]

過ぎ去りし想い出は
狩人原大輔日高晤郎さとう宗幸がカバー。さとう宗幸のアルバム『過ぎ去りし想い出は』は、カバー収録しているこの曲からタイトルをつけている。
また、イタリアの歌手ミルバユーゴスラビア出身のヤドランカもカバーしている。
青春の宴
麻生よう子が、1983年6月にシングルリリースしている。

脚注[編集]

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  1. ^ 『オリコン・チャートブック LP編 昭和45年 - 平成1年』オリジナル・コンフィデンス、1990年、99頁。ISBN 4871310256。