遠州鉄道三方原営業所

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遠州鉄道三方原営業所(みかたばらえいぎょうしょ)とは、遠州鉄道遠鉄バス遠鉄観光)の営業所の一つであり、静岡県浜松市内の一部を管轄する。

所在地[編集]

静岡県浜松市北区初生町1107-1

なお当所の南隣には遠州鉄道直営の自動車整備工場があり、自社車両の整備・検査を行っているほか、一般にも開放している。

  • 1987年11月頃までは三方原営業所は現在の遠鉄ストア初生店のある場所(曳馬野バス停前)にあった。

現在の所管路線[編集]

気賀三ヶ日線[編集]

  • 40浜松駅 - 尾張町 - 市役所南 - 葵町 - 追分 - 姫街道車庫 - 聖隷三方原病院
  • 40:浜松駅 - 尾張町 - 市役所南 - 葵町 - 追分 - 姫街道車庫 - 聖隷三方原病院 - 気賀四ッ角 - 都筑 - 三ヶ日 - 三ヶ日車庫 
    • 三方原営業所の管轄は、主に「聖隷三方原病院」までであるが、2015年4月のダイヤ改正で平日の1日1往復のみ三ヶ日車庫発着便を担当している。細江営業所の項を参照。
    • かつては気賀三ヶ日線の浜松駅発の最終便に姫街道車庫止まりが存在し、この便も三方原営業所が担当していた。

泉高丘線[編集]

  • 51:浜松駅 - 市役所前 - せいれい病院 - 和合町 - 泉四丁目- 本田技研 - イオンタウン浜松葵 - 姫街道車庫
  • 51:姫街道車庫→イオンタウン浜松葵→本田技研→泉四丁目→和合町→浜松北高→市役所南→伝馬町→浜松駅(平日朝1本のみ)

当路線はかつては浜松北高経由だったが、中田島住吉じゅんかんの7住吉じゅんかん区間が文丘線となる際にせいれい病院経由となった。現在、浜松北高経由は上り1便のみである。

また、他路線と直通している間も51の区間に関しては実験路線であり、51の区間だけではあるが、全便オムニバス化したりEG1CARDを先行導入したりした。詳細は遠鉄バス#年表を参照。

  • 2002(?)年から2009年3月まで、毎時1本、聖隷クリストファー大学行き(方向幕は聖隷三方原)が存在したが、現在は全て姫街道車庫止まりである。なお、当該便の廃止の際に40気賀三ヶ日線が毎時1本増便することにより聖隷三方原病院への足を確保した。
    • 系統番号無し(代わりに鳥のマークが付いていた)の泉高丘線として運行開始。車両は泉高丘線専用のバード号が使用された。
    • その後バード号での運行を廃止し、通常の路線車での運行となる。また、系統番号が51、4 中田島線との浜松駅通過系統となり、4・51 中田島泉高丘線となるが、数年後に 4 8-22 中田島佐鳴湖線となった為、51 泉高丘線となる。
    • 2002年10月1日、それまで中田島佐鳴湖線だった4が再び中田島泉高丘線として51と直通開始。
    • 2008年3月15日、4との直通終了。それぞれ中田島線泉高丘線として独立し現在に至る。
    • 2009年3月14日、聖隷三方原病院・聖隷クリストファー大学乗り入れ廃止。全便姫街道車庫止まりに。

高台線[編集]

  • 41:浜松駅 - ゆりの木通り - 市役所南 - 葵町 - サニーサイドガーデン東 - 花川運動公園
  • 41:浜松駅 - ゆりの木通り - 市役所南 - 葵町 - 花川運動公園
  • 41:浜松駅 - ゆりの木通り - 市役所南 - 葵町 - 基地北門 - 花川運動公園

引佐線[編集]

  • 43:浜松駅 - ゆりの木通り - 市役所南 - 葵町 - 追分 - 三方原 - 金指 - 気賀駅

都田線[編集]

  • 46:浜松駅 - ゆりの木通り - 市役所南 - 葵町 - 曳馬野 - 都田口 - (常葉大学 -) 都田 - 都田駅前 (- フルーツパーク)
  • 46-:浜松駅→ゆりの木通り→市役所南→葵町→曳馬野→都田口→テクノ中→都田車庫→都田駅前(→フルーツパーク)
    • 1999年、46-テ番が誕生した。遠鉄バスで唯一カタカナを含む番号であり、原則として半角で表記される。
    • 2005年4月1日、都田駅前 - 滝沢東は滝沢線として分離された。
    • 46番は都田駅前へは経由しないが、都田にある小学校の通学輸送のため、朝と昼は経由する。
      • 浜松駅15:57発(平日のみ)と都田車庫7:56発(土日は7:51発)については、滝沢東系統の名残として都田駅前へ乗り入れる。
    • 46-テ番は46番からクノ系統へ行く、という意味であるため、46の経路からテクノ系統となる下り(浜松駅→都田駅前)では46-テ番で案内されるがテクノ系統から46に入る上り(都田駅前→浜松駅)では単に46と案内される。同様の現象は8-22・9-228-338-35(現在は8-35は廃止)でも起こっている。
    • 2013年3月16日、テクノ経由のフルーツパーク行きが誕生した。

中ノ町磐田線[編集]

  • 80:浜松駅 - 子安 - 浜松アリーナ - 橋羽 - 中ノ町
    • かつては三方原営業所も磐田営業所バス停まで担当していた。

山の手医大線[編集]

  • 50:浜松駅 - 伝馬町 - 市役所前 - 小豆餅 - 浜工高前 - 三方原営業所 - 医科大学
  • 浜松駅→学芸高校前→浜松学院高校→城北工高→浜工高前(直通)
    • 1986年4月1日、市営バス山の手線を引き継いだ路線と 80 袋井浜松線(橋羽経由)(現在の 80 中ノ町磐田線の旧称)を浜松駅通過系統とし、50・80 磐田山の手線として運行開始される。尚、運行開始当時は、日中は20分おきに医科大学行きと小豆餅止まりが交互に運行されていたが、後に全てが医科大学行きとなる。
    • 2006年3月末で路線分断し、50が山の手医大線、80が中ノ町磐田線となる。これにより80への直通系統はほぼ解消し、2008年3月のダイヤ改正で完全に消滅した。
    • かつて50市役所、山の手経由気賀駅前行きが平日の朝1、2本のみ運行されていた。50医科大学系統の方向幕はあずき地に白文字であるが、気賀駅前行きの方向幕は他の路線と同じものであった。(担当は細江営業所だった。)
    • 路線名に「山の手」とあるが、この路線に山の手という名称の付いたバス停は浜松市営バス時代から1つも無い。
  • 市営バス時代は、浜松駅 - 医科大学において市営バスが山の手線、遠鉄バスが医大じゅんかんという形で輸送競争を繰り広げていた。
    • 医大じゅんかんは通勤・通学輸送化したのに対し、山の手医大線はウィークエンドライナーも出る基幹路線となっている。

医大じゅんかん[編集]

葵町医大線[編集]

  • 47:浜松駅 - ゆりの木通り - 市役所南 - 葵町 - 曳馬野 - 浜工高前 - 三方原営業所 - 医科大学

概要[編集]

  • 浜松医科大学が開校して暫くするまでは、曳馬野循環(ひらがなの「じゅんかん」ではない)という路線名であった。
  • 2003年までは、47葵町まわりは高町経由であった。また、57浜松中央署まわりは無く、67日赤まわり(浜松駅 - 尾張町 - 日赤病院前 - 上島 - 有玉南 - 医科大学)として運行されていた。47葵町まわり、67日赤まわり共に日中は30分に1本の運行本数であり、朝晩には47高町経由は医科大学発着(三方原営業所が現在地に移転する前は、一部曳馬野発着)、67日赤経由は三方原営業所(三方原営業所が現在地に移転する前は曳馬野)発着または医科大学発着の区間便もあった。後に47葵町まわりは43〜45引佐・渋川・奥山線と同時に市役所経由に、67日赤まわりは57浜松中央署まわりに路線変更された。
  • 方向幕は1980年代までは47葵町まわりは「47 葵町回り医大じゅんかん」で統一されていたが、その後「47 葵町まわり医大じゅんかん」と「回り」と「まわり」が混在する様になり、67日赤まわりが57浜松中央署まわりになってからは「47 高町葵町医大じゅんかん」となった。67日赤まわりも47葵町まわりと同じく「回り」と「まわり」が混在している時期があった。特に「まわり」は浜松営業所、富塚営業所(現在どちらも廃止)のバスでみられ、4 7 中田島住吉じゅんかん(現在7の区間は廃止)、8 91 鶴見富塚じゅんかんの運行開始時の頃より「まわり」になっている。(中田島住吉じゅんかん、鶴見富塚じゅんかんの方向幕も「まわり」である。)因みに57浜松中央署まわりは「57 市役所浜松中央署医大じゅんかん」である。
  • 「じゅんかん」であった頃は、三方原営業所バス停(三方原営業所が現在地に移転する前は曳馬野バス停)で乗務員が交代する光景がしばしば見られた。
  • 2004年3月31日までは、上述の通り浜松駅から医科大学を経由して浜松駅まで通し運転されていた(47が葵町まわり、57が浜松中央署まわりであり、本当の意味での循環線であった。またこの頃は浜松営業所、富塚営業所(どちらも現在は廃止)、浜松南営業所も担当していた)が、現在では47は医科大学止まり、57は三方原営業所止まりしか無く、「じゅんかん」とは言えない状態である。
  • 浜松駅-医大・循という定期券があり、この定期券を持っていると医大じゅんかん全線と医大じゅんかんの中のバス停(例えば浜松駅や三方原営業所から市営グランドまで等)の乗り降りも出来た。
  • 2010年4月1日のダイヤ改正で通勤輸送となり1日当たり数便となった。
  • 1980年代には他の路線が21時台で最終便が出てしまっていた中、医大じゅんかんの葵町経由曳馬野行きのみが22時台に1便運行されていた。
  • 浜松駅ののりば別時刻表「ポケジ」や車内の三方原営業所管轄路線図では47が葵町医大線、57が中央署医大線となっている。但し、路線別時刻表やバス路線図では上述の通り「じゅんかん」ではないのにもかかわらず現在も路線名は医大じゅんかんである。
  • 市営バス山の手線(現:山の手医大線)と競合して浜松駅 - 医科大学の輸送競争をしていた時期も有った。
  • 2018年8月30日に、2018年9月28日で57 中央署まわり医大じゅんかん(中央署医大線)の運行を終了する旨が遠鉄バスのホームページに掲載された。

萩丘都田線[編集]

三方原系統(旭ヶ丘線)[編集]

  • 53:浜松駅 - 伝馬町 - 市役所前 - 浜松中央署 - 萩丘住宅 - 旭ヶ丘 - 三方原営業所 (- 半田山中)
  • 53:浜松駅 - 伝馬町 - 市役所前 - 浜松中央署 - 萩丘住宅 - 旭ヶ丘 - 三方原営業所 - 染地台3丁目(きらりタウン)

都田系統[編集]

  • 56:浜松駅 - 伝馬町 - 市役所前 - 浜松中央署 - 萩丘住宅 - テクノ中 - 都田駅前

概要[編集]

  • 旭ヶ丘線という路線名称は正式には52にのみ割り当てられていた路線名で、社内や浜松駅13のりば時刻表では52と53をまとめて旭ヶ丘線と呼んでいた。52が廃止された現在は、路線図等からは旭ヶ丘線が消滅している[1]が、社内や浜松駅13のりば時刻表では引き続き53を旭ヶ丘線と呼んでいる。
  • 56は1986年頃までは 63 都田線(日赤、豊隆団地経由)であった。
  • 都田線が豊隆団地経由時代の幕が未だに残っている。「56市営グランド 農経高 都田」「56農経高 市営グランド 浜松駅」
  • 53は1986年4月1日に市営バス萩丘線を引き継いだ路線と95 大塚線との浜松駅通過系統となり、6 53 大塚萩丘線として運行開始されるが、数年後に浜松駅より先が 5 36 江之島ひとみヶ丘線の 5 江之島方面と入れ替わり、5 53 江之島萩丘線となる。
  • 三方原営業所が1987年12月に現在地へ移転する前は53は小豆餅止まりであったが、移転後は旭ヶ丘経由三方原営業所行きとなり、路線延長された。
  • 1996年に55浜松駅 - 伝馬町 - 市役所前 - 萩丘住宅 - 曳馬野 - 都田口 - 浜松大学 - 都田が誕生したが、2001年3月に廃止された。
  • 53については都田へは寄らないが、1996年の55の誕生時に萩丘都田線へ編入された。[2]編入前は江之島萩丘線であり1995年に浜松駅で分離され萩丘線となった。分離直後、江之島系統は江之島浅田中田島線となった。なお、この55の幕も残っている。
  • 52と53は2003年4月に半田山中へ乗り入れを開始した。
  • 55と56はかつてはフルーツパークへ乗り入れる便が存在した。
  • 2008年4月1日に都田南小学校経由からカインズモール都田経由に経路変更した。
  • 2010年3月31日の運行を以って52浜松駅 - 伝馬町 - 市役所前 - 豊隆団地 - 旭ヶ丘 - 三方原営業所( - 半田山中)は廃止、旭ヶ丘線が路線図等から消滅。
  • 2010年4月1日に53のきらりタウン発着系統を新設。

和合西山線[編集]

  • 48:浜松駅 - 常盤町 - 市役所前 - 下池川町 - 和合町 - 西山
  • 48:浜松駅 - 常盤町 - 市役所南 - 浜松北高 - 和合町 - 西山

浜北医大三方原聖隷線[編集]

車両[編集]

  • 小松駅のバス停留所は後退して入線するため、三方原営業所はツーステップバスにもバックモニターがついている。但し、天竜営業所や、細江営業所とは異なり、全車両バックモニターがついているわけではない。(浜松東営業所と同様) また、都田線滝沢東系統の狭隘区間運行の名残とも考えられる。
  • 三方原営業所は、遠鉄の中では比較的様々なメーカー・車種を導入しており、比較的車種数が豊富である。尚、1986年まではいすゞ車のみであったが、1987年に元来三菱ふそう車のみであった舘山寺営業所雄踏営業所以外の営業所として初めて三菱ふそう車(この時は1834〜1837号車)が納入され、これ以降細江営業所浜松南営業所等、元来三菱ふそう車が全く納入されていなかった他の営業所にも、三菱ふそう車の納入が増えていった。

脚注[編集]

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  1. ^ 53は正しくは萩丘都田線である。
  2. ^ この時から既に社内では53も旭ヶ丘線と呼ばれている。