遠藤胤寿

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遠藤 胤寿(えんどう たねひさ、宝暦10年(1760年) - 天明元年10月19日1781年12月4日))は、江戸時代中期の近江三上藩の世嗣。美濃遠藤氏の一族である。通称は兵庫。

宝暦10年(1760年)、第3代藩主・遠藤胤忠の次男として生まれる。安永9年(1780年)には徳川家治に拝謁した。しかし、父に先立って天明元年(1781年)10月19日に早世した。享年22。戒名は心開院素練。

代わって、小浜藩酒井家から遠藤胤相が養子に迎えられ、嫡子となった。