都営バス八王子支所

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都営バス 新宿自動車営業所 八王子支所
Tokyo Metropolitan Bus Shinjuku bus office
Hachioji branch
所在地 東京都八王子市明神町4-30-2
主な運行担当区域 八王子駅 - 日野駅 - 立川駅の1路線のみ

都営バス八王子支所(とえいバスはちおうじししょ)は、かつて東京都八王子市明神町4-30-2に存在していた都営バス東京都交通局)の支所である。正式名称は新宿自動車営業所八王子支所。営業所記号はXを用いた。八王子ナンバー施行前のため、車両のナンバープレートは多摩ナンバーであった。

営業所敷地は京王八王子駅北側の浅川沿いに所在していた。閉所後の跡地は、とうきょう社会保険センター八王子(現在の八王子健康管理センター、八王子健康スポーツセンター)として再利用され、健康管理施設のほかジム・プールなどのスポーツ施設を備えた建物となっている。

概要[編集]

多摩地域の振興を目的として、青梅支所とともに1949年に開設された支所である。所管路線は京王帝都電鉄(現:京王電鉄バス)と共同運行していた302→立73系統の1路線のみで、これは廃止まで変わらなかった。

その後は1960年代から1970年代にかけて、急速なモータリゼーションと鉄道の高速化により経営状況は悪化、1972年には八王子駅 - 日野駅 - 立川駅間に路線を短縮、1984年には路線の存続を図るため、青梅支所とともに沿線自治体が公共負担を行なう旨の締結を交わした。八王子支所の立73系統では、八王子市・日野市立川市の沿線3市と締結し、同時に中型車7台(X-N807 - 813号車。いすゞ・ジャーニーK、P-LR312J)を導入している。

しかし翌1985年、3市のうち八王子市と立川市が公共負担分を計上しなかったため[要出典]、東京都交通局は同年12月に立73系統を廃止、同時に中型車は上部組織の新宿営業所(現・新宿支所)に転属した。

以降は八王子分駐所として特定車のみの拠点としていたが、1986年3月に八王子分駐所は廃止、特定車も青梅支所の大和操車所に移管となった。立73系統の廃止後は京王帝都電鉄の単独運行となったが、のちに京王でも路線廃止されている(後述)。

八王子支所から新宿営業所に転属した中型車は、四80系統(四谷駅前 - 赤坂アークヒルズ)などで運行されたが、その後小滝橋営業所に転属し、1994年度までに全車が除籍となった。

沿革[編集]

担当路線[編集]

立73系統[編集]

1949年(昭和24年)12月15日、青梅地域の路線開設(青梅 - 荻窪駅間、現在の梅70系統)に少し遅れて開通。新宿駅西口から甲州街道(旧道)をひたすら一直線に走り、日野橋交差点で左折して八王子駅へと向かった。当初は立川駅を経由しなかったが、1950年(昭和25年)に立川駅に寄るよう変更された。しかし急速なモータリゼーションによる渋滞の悪化は元より、京王線・国鉄中央線の高速化で新宿 - 八王子間が京王帝都は特急や中央線の特別快速で約40分で結ばれるようになったこともあり、1972年(昭和47年)4月30日限りで新宿と立川の間が廃止。立川 - 八王子間に短縮されて存続するが、1985年(昭和60年)12月15日限りで都営が撤退、廃止となった。

廃止後は京王帝都が引き継ぎ、系統番号はそのままで立川駅北口 - 日野駅間で運行されたが、2015年(平成27年)3月29日限りで廃止となっている。また立川と府中の間は同じく京王帝都電鉄の府中営業所(現・京王バス中央)が立62の系統番号で引き続き運行したが、これも2006年(平成18年)1月29日限りで廃止されている。

甲州街道上の新宿 - 調布間は、長らく空白だった後に2000年(平成12年)に小田急バスが休日のみの季節運行で新宿 - よみうりランド線を開設し、現在も小田急シティバス世田谷営業所が運行している。

備考[編集]

指定車種いすゞ自動車川崎ボディ(→IK-コーチ)

なお、廃止時に在籍していた車両のうち、冷房を装備していた中型車は新宿営業所小滝橋営業所に転属した。

参考文献[編集]

  • 都営バス系統案内図
  • 都バス担当(系統)営業所一覧表
  • 方面別新旧系統一覧表(以上、東京都交通局発行、1972年12月1日版)
  • 都営交通路線案内図(東京都交通局発行、1978年版)
  • 都バス案内図(1951年版)
  • 東京都交通局各年史

関連項目[編集]