都窪郡

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岡山県都窪郡の位置(緑:早島町 薄黄:後に他郡に編入された区域)

都窪郡(つくぼぐん)は、岡山県

人口12,359人、面積7.62km²、人口密度1,622人/km²。(2018年10月1日、推計人口

以下の1町を含む。

郡域[編集]

1900年明治33年)に行政区画として発足した当時の郡域は、上記1町のほか、下記の区域にあたる。

  • 岡山市
    • 北区の一部(概ね納所、川入、東花尻、西花尻、平野、延友より南西[1]および津寺・加茂・惣爪・新庄上・新庄下)
    • 南区の一部(大福・古新田・妹尾崎・山田・妹尾・箕島)
  • 倉敷市の一部(茶屋町、帯高、亀山、加須山、新田、吉岡、堀南、福井、中島、水江、酒津より北東)
  • 総社市の一部(赤浜、下林、上林、三須、真壁、三輪、中原、清音柿木、清音上中島より南東および中央・駅前の各一部)

歴史[編集]

  • 1900年(明治33年)4月1日 - 郡制の施行により、都宇郡窪屋郡の区域をもって発足。以下の町村が所属。郡役所が倉敷町に設置。(4町18村)
  • 明治34年(1901年)4月1日 - 大市村・葦高村が合併して大高村が発足。(4町17村)
  • 明治35年(1902年)4月1日(4町15村)
    • 妹尾町・箕島村が合併し、改めて妹尾町が発足。
    • 山田村・大福村が合併して福田村が発足。
  • 明治37年(1904年6月1日 - 撫川村が町制施行して撫川町となる。(5町14村)
  • 大正12年(1923年)4月1日 - 郡会が廃止。郡役所は存続。
  • 大正15年(1926年7月1日 - 郡役所が廃止。以降は地域区分名称となる。
  • 昭和2年(1927年)4月1日 - 倉敷町・万寿村・大高村が合併して倉敷町が発足。(5町12村)
  • 昭和3年(1928年)4月1日 - 倉敷町が市制施行して倉敷市となり、郡より離脱。(4町12村)
  • 昭和12年(1937年5月5日 - 撫川町が吉備郡庭瀬町と合併して吉備町が発足。(4町12村)
  • 昭和15年(1940年12月1日 - 中洲村が町制施行して中洲町となる。(5町11村)
  • 昭和19年(1944年1月1日 - 中洲町が倉敷市に編入。(4町11村)
  • 昭和26年(1951年3月28日 - 菅生村・中庄村・帯江村が倉敷市に編入。(4町8村)
  • 昭和27年(1952年)4月1日 - 豊洲村が分割し、一部(五日市・中帯江・西田・早高および高須賀の一部)が倉敷市、残部(高須賀の残部)が茶屋町にそれぞれ編入。(4町7村)
  • 昭和29年(1954年
    • 3月1日 - 三須村が吉備郡総社町に編入。(4町6村)
    • 3月31日 - 常盤村が吉備郡新本村・山田村・久代村・池田村・阿曽村・総社町と合併して総社市が発足し、郡より離脱。(4町5村)
  • 昭和30年(1955年)1月1日 - 加茂村と吉備郡生石村・高松町が合併し、改めて吉備郡高松町が発足。(4町4村)
  • 昭和46年(1971年3月8日(2町2村)
    • 吉備町・妹尾町・福田村が岡山市に編入。
    • 庄村が倉敷市に編入。
  • 昭和47年(1972年5月1日 - 茶屋町が倉敷市に編入。(1町2村)
  • 平成17年(2005年3月22日 - 清音村・山手村が総社市と合併し、改めて総社市が発足。(1町)

変遷表[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 吉備地域住居表示実施地区の境界については未詳。

参考文献[編集]

先代:
都宇郡窪屋郡
行政区の変遷
1900年 -
次代:
(現存)