都護府

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都護府(とごふ)は、中国の王朝の時代に、辺境警備・周辺諸民族統治などのために置かれた軍事機関。都護府の長官は都護と呼ばれていた。

漢代[編集]

  • 西域都護府…神爵3年(紀元前59年)、烏塁城(現新疆ウイグル自治区バインゴリン・モンゴル自治州輪台県付近)に設置。

唐代[編集]

内モンゴル
外モンゴル
  • 燕然都護府貞観21年(647年)、鬱督軍山に設置。鉄勒諸部が唐に帰順したため、その地を分けて13の州府を置いた。
  • 翰海都護府…龍朔3年(663年)2月、燕然都護府から改称。
  • 安北大都護府総章2年(669年)8月、翰海都護府から改称。東突厥が勢力を増すにつれ、陰山方面に移動した。
ジュンガル盆地
タリム盆地
中央アジア
  • 濛池都護府…顕慶3年(658年)2月、西突厥阿史那賀魯討伐後に設置。
  • 昆陵都護府…顕慶3年(658年)2月、阿史那賀魯討伐後に設置。
朝鮮半島
東南アジア

六都護府[編集]

安西大都護府北庭大都護府安北大都護府、単于大都護府、安東都護府安南都護府を六都護府と言い、もっとも名高い[1]

関連項目[編集]

参考資料[編集]

  • 旧唐書』(本紀、志第十八 地理一)
  • 新唐書』(志第二十七 地理一、志第三十 地理四)

脚注[編集]

  1. ^
    • 日本大百科全書』「【唐】安東、安北、単于、北庭、安西、安南の六都護府を設け、羈縻政策を開始した。」
    • 日本大百科全書』「【都護府】都護府は、表に示した安西、北庭、安北、単于、安東、安南の六都護府がもっとも名高い。」