重原駅

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重原駅
MT-Shigehara Station-Building for Chiryū 2018.jpg
知立方面の駅舎
しげはら
SHIGEHARA
NH19 知立 (2.2km)
(1.7km) 刈谷 MU02
所在地 愛知県知立市上重原町本郷4-4
駅番号 MU  01 
所属事業者 名古屋鉄道
所属路線 三河線
キロ程 23.5km(猿投起点)
知立から2.2km
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
乗降人員
-統計年度-
1,715人/日
-2017年-
開業年月日 1923年大正12年)4月6日
備考 無人駅駅集中管理システム導入駅)
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重原駅(しげはらえき)は愛知県知立市上重原町本郷にある、名古屋鉄道三河線の駅。駅番号はMU01manacaが使用可能である。

歴史[編集]

駅構造[編集]

相対式2面2線の地上駅で、駅集中管理システム(2005年時点での管理駅は知立駅[2])が導入された無人駅である。

当駅から知立駅までは複線である。しかし、現行ダイヤですれ違いが発生するのは休日早朝の3本のみである。また、当駅から刈谷駅までは単線であるが、複線分の用地は全線に渡って確保されている(JR東海道本線を超える橋梁も架設済み)。

1番線、2番線とも単式ホームで両ホームとも車椅子の通れる通路があり2番線のみに歩行者用の階段が設置されている(階段は非常に段数が少ない)。改札内に両ホームを連絡する通路は存在しない。

のりば
番線 路線 方向 行先
1 MU 三河線(海線)[3][4][注釈 1] 下り 知立ゆき[6]
2 上り 碧南ゆき[6]

配線図[編集]

重原駅 構内配線略図

知立駅
重原駅 構内配線略図
刈谷・碧南方面
凡例
出典:[7]


利用状況[編集]

  • 『名鉄120年:近20年のあゆみ』によると2013年度当時の1日平均乗降人員は1,422人であり、この値は名鉄全駅(275駅)中200位、 三河線(23駅)中19位であった[8]
  • 『名古屋鉄道百年史』によると1992年度当時の1日平均乗降人員は785人であり、この値は岐阜市内線均一運賃区間内各駅(岐阜市内線・田神線・美濃町線徹明町駅 - 琴塚駅間)を除く名鉄全駅(342駅)中245位、 三河線(38駅)中23位であった[9]
  • 知立市の統計によると1日平均の乗車人員は2008年度584人、2009年度567人である。

近年の一日平均乗降人員および乗車人員の推移は下表のとおりである。

  • 知立の統計に記載されている乗車人員・降車人員を年間の日数で割り、小数点第一位で四捨五入して算出したものである。

年度別一日平均乗降・乗車人員[10]

年度 一日平均乗降人員 一日平均乗車人員
2000 812 403
2001 793 394
2002 794 395
2003 808 402
2004 855 425
2005 980 489
2006 1,101 552
2007 1,130 566
2008 1,165 584
2009 1,136 567
2010 1,211 606
2011 1,227 616
2012 1,337 671
2013 1,408 707
2014 1,469 735
2015 1,579 789
2016 1,620 809
2017 1,715 855

駅周辺[編集]

地形[編集]

長篠川(法信川)
当駅の近くを南西方向へ流れる河床の深い河川。刈谷市との境で南へ直角に曲がり法信川と名を変え、市境をなしつつ猿渡川へ注ぐ。当駅から刈谷駅方向の三河線は長篠川及びその先の薬師川による浸食谷を通り、車窓からその段丘崖が見える。

寺社・史跡[編集]

当駅周辺には多くの寺社・史跡が遺る、詳細は郷土史文献[11]を参照。

八剱社
日本武尊大山祇命を祭る神社で上重原の氏神。鎌倉時代の創建で、現在の社殿は大正初期の造営。大晦日深夜の二年参りや11月の秋祭りで賑わう。当駅の知立方面改札口から途中で市道(知立中央通り)を挟んで本堂まで参道が伸びる。
重原城址
当駅最寄りにある上重原町公民館の東隣にある城跡で空堀土塁の跡が遺る。天文23年(1554年今川勢の攻撃により落城。長篠川を北辺とし1辺約60mのコの字型の空堀を持つ方形の城郭と考えられ、法信川は城の西側の備えとして戦国時代に長篠川の流れが改変されたものと推測される[12]。同公民館付近には本郷貝塚、権現石なども遺る。
萬福寺
当駅のホームから本堂の大屋根が見える。
法信寺
中世の創建と伝わるが、現在の位置(萬福寺の南隣)には明治22年(1889年)に移転した。
赤目樫元弘法(見返り弘法)
現在知立市弘法町にある遍照院はかつては重原にあり、延宝元年(1673年)現在の地に移った。その跡地(法信寺の南)に2つの小堂(法信川沿いの不動明王堂、田んぼの中の弘法堂)があり赤目樫元弘法と呼ばれる。当駅から徒歩10分程度。
浄福寺
重原陣屋跡(刈谷市)

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バス[編集]

隣の駅[編集]

名古屋鉄道
MU 三河線(海線)
知立駅 (NH19) - 重原駅 (MU01) - 刈谷駅 (MU02)

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 名鉄公式サイトにおいては「三河線(知立〜碧南)」と表記される[5]

出典[編集]

  1. ^ a b c d 新實守『写真で見る三河線誕生百年』新實守、2015年、125頁。
  2. ^ SF カードシステム「トランパス」導入路線図 - 名古屋鉄道、2005年8月19日
  3. ^ 清水武「名古屋鉄道各線相互の直通運転」『鉄道ピクトリアル』第246巻、電気車研究会、1971年1月、 64頁。
  4. ^ 太田貴之「輸送と運転 近年の動向」『鉄道ピクトリアル』第816巻、電気車研究会、2009年3月、 38頁。
  5. ^ 三河線 路線・駅情報 - 電車のご利用案内、2019年4月2日閲覧
  6. ^ a b 駅時刻表:名古屋鉄道・名鉄バス、2018年2月24日閲覧
  7. ^ 電気車研究会、『鉄道ピクトリアル』通巻第816号 2009年3月 臨時増刊号 「特集 - 名古屋鉄道」、巻末折込「名古屋鉄道 配線略図」
  8. ^ 名鉄120年史編纂委員会事務局(編)『名鉄120年:近20年のあゆみ』名古屋鉄道、2014年、160-162頁。
  9. ^ 名古屋鉄道広報宣伝部(編)『名古屋鉄道百年史』名古屋鉄道、1994年、651-653頁。
  10. ^ 平成30年版 知立の統計|知立市 -輝くまち、みんなの知立‐” (日本語). www.city.chiryu.aichi.jp. 2019年2月19日閲覧。
  11. ^ 永田友市『上重原の歴史』『上重原の歴史(続)』知立市図書館所蔵
  12. ^ 『新編 知立市史 3 資料編 考古(原始・古代・中世)』知立市史編さん委員会、217-219頁

関連項目[編集]