野間神社 (南さつま市)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
野間神社
所在地 鹿児島県南さつま市笠沙町片浦4108
位置 北緯31度23分58.04秒
東経130度9分34.19秒
座標: 北緯31度23分58.04秒 東経130度9分34.19秒
主祭神 瓊瓊杵尊
鹿葦津姫命
火蘭降尊
彦火々出見尊
火照尊
社格 村社
別名 野間権現
例祭 2月10日
テンプレートを表示

野間神社(のまじんじゃ)は、鹿児島県南さつま市にある神社。旧名は野間権現旧社格は村社。

野間岳の八合目に鎮座する。瓊瓊杵尊鹿葦津姫命火蘭降尊彦火々出見尊火照尊を祀る。

沿革[編集]

創始の年代は不明であるが、社記によれば野間岳は瓊々杵尊が最初に上陸した地であり、山腹に神代の都「笠狭宮」があったとされる[1]。標高591mの小山ながら古くから山岳信仰の対象となっており、海上から目立つ山容のため特に航海者からの信仰が厚かった。

当初は野間岳の山頂に「東宮」と「西宮」の2つの本殿があり、東宮には瓊瓊杵尊・鹿葦津姫命を、西宮には火蘭降尊・彦火々出見尊・火照尊を祀っていた。しかし、その後西宮では「娘媽」「順風耳」「千里眼」という神がまつられるようになった。この3柱の神は中国沿岸部の祠でよくまつられる神であり、この地域と中国とのつながりが伺える構成となっている。

島津忠良はこの神社を崇敬し、天文23年に東宮を再建し永禄10年には息子・島津貴久、孫・島津義久連名で西宮を再建した。しかし、地理的に台風被害の多い土地であり、その社殿が崩壊したため、文政13年には島津斉興が現在地の八合目に、東宮と西宮を統合した1つの社殿として再建した。その社殿も被害を受け、現在の社殿は昭和51年に前社殿の痛みが激しいためコンクリートで作り替えられた物である。

参考文献[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 天本孝志 『九州の山と伝説 総集編』 PP.260、葦書房、1983年