金振杓

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金 振杓(キム・ジンピョ)
김진표
生年月日 (1947-05-04) 1947年5月4日(72歳)
出生地 南朝鮮の旗 南朝鮮 京畿道水原市
出身校 ソウル大学校法科大学法学科
前職 院内代表
現職 国会議員
所属政党ヨルリン・ウリ党→)
大統合民主新党→)
民主党→)
(民主統合党→)
民主党→)
新政治民主連合
公式サイト jinpyo.or.net

選挙区 京畿道水原市霊通区
当選回数 3回
在任期間 2004年 -

内閣 高建第1次内閣
在任期間 2003年2月27日 - 2004年2月10日
大統領 盧武鉉

内閣 李海瓚内閣
在任期間 2005年1月28日 - 2006年7月20日
大統領 盧武鉉

民主党院内代表
在任期間 2011年5月13日 - 2011年12月15日

民主統合党院内代表
在任期間 2011年12月16日 - 2012年5月
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金 振杓(キム・ジンピョ、1947年5月4日 - )は、韓国における官僚出身の政治家である。2011年12月に発足した民主統合党の院内代表を務めた[1]

人物像[編集]

京畿道水原市生まれ。景福高校、ソウル大学校法学部を経て、第13回行政考試で合格、大田地方国税庁を皮切りに一貫して財務官僚としての道を歩んだ。金大中盧武鉉政権では財政経済部次官や青瓦台(大統領府)政策企画首席秘書官、国務総理室国務調整室長、副総理などの要職を歴任した。

2004年4月に行われた第17代総選挙においてウリ党から立候補して初当選、政界入りした。第17代国会では、財政経済委員会や国防委員会の委員、租税研究会の会長などを務めた。第18代総選挙では民主党から立候補して再選、国会教育科学技術委員会の委員、党最高委員を務めた後、2011年5月13日に行われた院内代表選挙で当選、新たな院内代表となった[2]。11月22日に与党ハンナラ党米韓自由貿易協定(以下、米韓FTA)批准案を強行採決したことに野党側が反発して空転状態が続く国会の状態を解決するため、12月8日の与野党院内代表者会議で党側と相談しないまま、12日からの国会正常化に合意したことに他の野党が強く反発、民主党内からも金院内代表への批判が相次いだため、翌9日に辞意を表明した[3]。しかし、同月16日に結成された民主統合党では当然職の最高委員として院内代表を兼務することになった[4]。2012年4月に行われる第19代総選挙の候補者を決める公薦審査過程では米韓FTA再協議を主張する党との立場の違いから落薦危機に直面したが、最終的に公薦され京畿地域の民主党候補者の中では最高得票率となる61.02%で3選を決めた[5]。 

2014年5月、同年6月に行われる第6回全国地方選の一つとして行われた京畿道知事選挙における新政治民主連合候補に選出[6]されたが、セヌリ党の道知事候補である南景弼に僅かに及ばず敗北した[7]

経歴[編集]

  • 生年月日:1947年5月4日
  • 出生地:京畿道水原
  • 学歴
  • 経歴
    • 1970年:第13回行政考試合格
    • 1974年5月:大田地方国税庁(消費税課長)
    • 1975年12月:財務部事務官(国税審判所税制室)
    • 1983年4月:寧越税務署署長
    • 1985年4月:財務部税制局、消費税、財産税制、租税政策課長
    • 1992年8月:租税研究院設立
    • 1993年4月:財務部税制総括審議官
    • 1994年12月:財政経済院国税審判所常任審判官
    • 1995年4月:対外経済局審議官
    • 1996年1月:財政経済院広報官
    • 1996年5月:副総理秘書室長
    • 1996年10月:金融政策室銀行保険審議官
    • 1998年3月:税制室財産消費税、税制総括審議官
    • 1998年11月:ASEM(アジア欧州会合)準備企画団事業推進本部長
    • 2001年4月:財政経済部次官
    • 2002年1月:金大中大統領秘書室政策企画首席秘書官
    • 2002年7月:国務総理国務調整室長
    • 2002年12月:盧武鉉大統領職引継委員会副委員会
    • 2003年2月:副総理兼財政経済部第6代長官(~2004年2月)
    • 2004年4月:第17代総選挙ウリ党候補(京畿道水原市霊通区)として立候補、当選。
    • 2004年6月:第17代国会議員(~2008年5月。ウリ党→大統合民主新党→統合民主党)。財政経済委員会委員、税制租税研究会会長。
    • 2005年1月:副総理兼教育人的資源部第6代長官(~2006年7月)。
    • 2006年8月:(国会)国防委員会委員
    • 2007年6月:ウリ党政策委員会議長
    • 2007年8月:大統合民主新党政策委員会議長
    • 2008年4月:第18代総選挙民主党候補(京畿道水原市霊通区)として立候補、再選。
    • 2008年6月:第18代国会議員(民主党→民主統合党)。教育科学技術委員会委員、新成長産業フォーラム会長。
    • 2008年7月:民主党最高委員(~2010年)
    • 2010年6月:(国会)知識経済委員会委員
    • 2010年10月:(民主党)本当に良い地方政府委員会委員長
    • 2011年5月:(民主党)院内代表
    • 2011年12月:(民主統合党)院内代表(~2012年5月)
    • 2012年4月:第19代総選挙。民主統合党候補(京畿道水原市丁区)として立候補、京畿地域の民主党候補者中では最高得票率で3選。 
    • 2012年5月:第19代国会議員(~2016年。民主統合党→民主党新政治民主連合
    • 2014年6月:第6回全国同時地方選挙。新政治民主連合の京畿道知事候補として出馬するも落選。

日韓関係[編集]

  • 2019年5月、文在寅大統領に対し、即位した天皇祝電を送るよう働きかけたキーマンとして報道された[8]

脚注[編集]

  1. ^ 원내대표 김진표(院内代表金振杓)。民主統合党ホームページ
  2. ^ “韓国最大野党・民主党、新院内代表に金振杓氏を選出”. 聯合ニュース. (2011年5月13日). http://japanese.yonhapnews.co.kr/headline/2011/05/13/0200000000AJP20110513001900882.HTML 2011年5月26日閲覧。 
  3. ^ “民主党の金振杓院内代表が辞意表明”. KBSワールドラジオ. (2011年12月9日). http://world.kbs.co.kr/japanese/news/news_Po_detail.htm?No=41719&id=Po&page=1 2011年12月10日閲覧。 
  4. ^ “새 야권통합당 명칭‘민주통합당’으로(新しい野圏統合党名称‘民主統合党’で)”. 京郷新聞. (2011年12月16日). http://news.khan.co.kr/kh_news/khan_art_view.html?artid=201112161738201&code=910402 2011年12月23日閲覧。 
  5. ^ “`낙천위기' 김진표, 압도적 표차로 당선(‘落薦危機’金振杓、圧倒的票差で当選)”. 聯合ニュース. (2012年4月12日). http://www.yonhapnews.co.kr/chongsun/2012/04/12/4701190000AKR20120412117000001.HTML 2012年4月21日閲覧。 
  6. ^ “새정치민주연합 경기지사 후보에 김진표 의원(新政治民主連合京畿知事候補に金振杓議員)”. 聨合ニュース. (2014年5月12日). http://www.yonhapnews.co.kr/vote2014/2014/05/11/2501000000AKR20140511072400061.HTML 2014年5月13日閲覧。 
  7. ^ “김진표 후보 "경기도민께 감사하고 죄송하다"(金振杓候補”京畿道民に感謝して申し訳ない”)”. 聨合ニュース. (2014年6月5日). http://www.yonhapnews.co.kr/vote2014/2014/06/05/2501020000AKR20140605061700061.HTML 2014年6月15日閲覧。 
  8. ^ 文政権、韓日関係破綻すれば李明博元大統領のせいにするのか(1)”. 中央日報 (2019年5月5日). 2019年5月7日閲覧。

参考文献[編集]