金沢西根村

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かねざわにしねむら
金沢西根村
廃止日 1956年9月30日
廃止理由 新設合併
金沢西根村飯詰村仙南村
現在の自治体 美郷町
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 東北地方
都道府県 秋田県
仙北郡
面積 13.05km².
総人口 4,418
(住民登録、1952年7月1日)
隣接自治体 仙北郡金沢町飯詰村藤木村、平鹿郡角間川町黒川村
金沢西根村役場
所在地 019-12
秋田県仙北郡金沢西根村今泉
位置画像=Akita Semboku-gun 1889.png
町村制施行当時の仙北郡
38.金沢西根村
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金沢西根村(かねざわにしねむら)は、秋田県仙北郡にかつて置かれていた村。仙北郡の南端に位置する。

地理[編集]

横手盆地のほぼ中央部に位置し、丸子川と厨川の複合扇状地扇端部および後背湿地に所在する[1]。湿地をあらわす「谷地」のつく地名が多い。全体が平坦地を占め、県下有数の穀倉地帯の一画を占める純農村地帯である[2]。仙北郡のほぼ南端に所在し、東・北・南を仙北郡飯詰村藤木村金沢町安本と接し、横手川(旭川)をはさんで西は平鹿郡角間川町・同郡黒川村と接する。村名「金沢西根」は金沢町西方にひらけた村という意味で、畑屋村に所在する金沢東根と対応する[2]

奥羽本線が村の東端を南北に走る[2]大正年代に後三年駅が開業してのち、駅前が宅地化された。

歴史[編集]

江戸時代にあっては農業用水を横手川から求め、上堰・下堰を開削し、1647年正保4年)には開墾田を中心に金沢西根新田村(のちの金沢新西根村)ができた[2]。八卦の神明社をはじめ、神社の多い村である[2]。大久保の八幡神社などに南北朝時代板碑がある[2]

旧高・旧領[編集]

明治初年の石高は以下の通り[3]。なお、「金沢西根村」は新西根を合わせた分の値である。

旧高 旧領 旧県
金沢西根村 3964.957031石 秋田藩(久保田藩 秋田県
二本柳村 116.024002石 秋田藩(久保田藩) 秋田県
合計 4080.981033石

出身著名人[編集]

  • 佐藤章(飛行家)
  • 佐藤長左エ門忠治(西根堤、横手川の灌漑)
  • 照井八十八(耕地整理、後三年駅開業に尽力、後三年倉庫・後三年郵便局の設置)

寺社[編集]

  • 百記山等心寺(浄土真宗大谷派):百目木(どめき)地区
  • 神明社:石町地区
  • 八幡神社:八卦地区
  • 熊野神社:熊堂地区

脚注[編集]

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参考文献[編集]

  • 『角川日本地名大辞典 5 秋田県』 「角川日本地名大辞典」編纂委員会(編集)、角川書店、1980年3月。ISBN 4040010507。
  • 近江正義 「金沢西根」『秋田大百科事典』 秋田魁新報社、1981年9月。ISBN 4-87020-007-4。

関連項目[編集]