金鑵城遺跡広場

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金鑵城遺跡広場(かなつるべじょういせきひろば)は、小野市昭和町441-6にある公園。2000年8月竣工。1999年竣工の「夢の森公園」を併設する。遺跡1996年3月1日に小野市指定文化財に指定される。[1][2]

概要[編集]

室町時代に播磨守護職であった赤松氏家臣、中村氏築城の山城である金鑵城が存在した場所に造られた公園

金鑵城[編集]

金鑵城は青野ヶ原台地の突出部に築かれた中世の山城であった。遠望が利き、三方をの要害となる地形が選ばれた。当時、城内には、三棟の建物があり、居城として使用されていた。青野ヶ原台地の上部、小野市が一望できる丘であり、現在はが再建されている。西側に空堀である掘切(幅20m、深さ11m)を持ち、守備を固め、主郭と西のが築かれた。この両郭の往来のために木橋が架けられていた。主郭への入口の虎口には、が2つあり、2つ目の門を現在は冠木門として復元されている。1つ目の門から1つ目門までの道は、直線ではなく、直角に折れるよう造られ、侵入者への攻撃の場とした。主郭内は、東西50m、南北80mで、土塁により周囲を囲んでいた。西側の土塁は幅9m、高さ2m以上で上部には柵が設けられていた[3][1][2]

城部からのびる尾根には櫓台が室町時代には、城内に深い井戸があり、その水を金(かね)の釣瓶で汲み上げていたことから「金鑵城」と命名されたと伝承される。室町時代から戦国時代の城跡のほか、弥生時代竪穴式住居跡が確認されている[1][2]

遺跡を中心として広場のほか、ローラーすべり台などの遊具が設置される。観光ボランディアガイド「小野ガイドひまわり」が、無料で当施設のガイドを浄土寺、広渡廃寺跡歴史公園、小野市立好古館とともに行っている[1]

所在地[編集]

小野市昭和町441-6

周辺情報[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d 小野誌公式サイト - 金鑵城遺跡広場 / 夢の森公園”. 2018年12月13日閲覧。
  2. ^ a b c 神戸電鉄 - 金鑵城遺跡広場”. 2018年12月13日閲覧。
  3. ^ 小野市考古館 - 夢の森公園 金鑵城遺跡広場”. 2018年12月13日閲覧。