銭元瓘

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

文穆王 銭元瓘
呉越
2代王
王朝 呉越
在位期間 932年 - 941年
姓・諱 銭元瓘
明宝
諡号 文穆王
廟号 世宗
生年 887年
没年 941年
銭鏐
年号 長興 : 932年 - 933年
応順 : 934年
清泰 : 934年 - 936年
天福 : 936年 - 941年
※初め銭伝瓘と称した

銭元瓘(せん げんかん)は、十国呉越の第2代の王。

902年(天復2年)、唐朝により鎮海節度使に任命された銭鏐であるが、京師に帰還すると人質の提供を求められた。他の嫡子がことごとく唐に向かうことを拒否する中、銭元瓘のみが人質となることを志願した。後に杭州に戻った銭元瓘は、成人後に呉越の軍勢を率いて各地を転戦するなどの武功を上げた。これらの活躍により、諸兄に譲られる形で銭鏐の後継者となった。

932年宝正7年)、銭鏐の薨去にともない銭元瓘が王位を継承し、この時改名している。933年長興4年)には後唐より呉王に、翌年には呉越王に封じられている。また937年天福2年)には後晋高祖により吳越王に封じられている。

941年(天福6年)、銭元瓘は薨去し諡号を穆王,廟号世宗を贈られ、浙江省蕭山龍山南に埋葬された。

先代:
銭鏐
呉越の王
第2代:932年 - 941年
次代:
銭弘佐

今日は何の日(8月19日

もっと見る