長成連

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長 成連(ちょう なりつら、天保15年10月22日1844年12月1日) - 明治12年(1879年9月20日)は、加賀藩年寄。加賀八家長家第11代当主。

父は加賀藩年寄長連弘。母は側室小西氏。正室は本多政均の娘・寛。子は長克連。初名は連賢。通称雅楽介、九郎左衛門、九郎。

生涯[編集]

天保15年(1844年)10月22日、加賀藩年寄長連弘の次男として生まれる。男子のいない兄長連恭の養子となり、明治元年(1868年)5月に家督相続する。藩兵を率いて京都大宮御所を守護する。明治2年(1869年)、金沢藩少参事となる。同年10月、自邸を藩に提供して金沢藩庁とする。明治6年(1873年)、皇居江戸城西の丸御殿)炎上の際に、政府に金100円を献じた。明治10年(1877年)、西南戦争の際に、綿糸200を政府に献じた。明治12年(1879年)9月20日死去。享年36。家督は嫡男克連が相続し、明治33年(1900年)に男爵に叙された。

参考文献[編集]

  • 国会図書館所蔵「長氏家譜大要」
  • 「加能郷土辞彙」