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長沢千和子

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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 長沢千和子 女流四段
名前 長沢千和子
生年月日 (1964-06-18) 1964年6月18日(55歳)
プロ入り年月日 1979年8月1日(18歳)
棋士番号 5
出身地 長野県松本市
師匠 松田茂役九段
段位 女流四段
戦績
一般棋戦優勝回数 1回
2018年3月1日現在

長沢 千和子(ながさわ ちかこ[1]1964年6月18日[1] - )は、日本将棋連盟所属の女流棋士松田茂役九段門下[1]。女流棋士番号は5[1]長野県松本市出身[1]。最年長現役女流棋士(2018年2月16日 - )。

棋歴

将棋の動かし方を覚えたのは、小学校4年の頃[2]。将棋道場を経営していた父は、歌を覚えるのが早いという千和子の記憶力に着目し、将棋が強くなるのではないかと思ったという[3]

千和子が中学1年のとき(1977年度)、父が「中部六県名人戦」で優勝し、その大会で審判を務めたプロ棋士の松田茂役(後に千和子の師匠)が父を訪ねて来た。その際、松田が千和子と将棋を指し「才能があるのではないか」と言った[3]。これが将棋を本格的に始めたきっかけである[3]

1979年8月、松田茂役門下として、女流2級でプロ入り。

1983年度、第6期女流王将戦林葉直子女流王将への挑戦権を得、タイトル戦初登場。三番勝負は0勝2敗で敗退。

1984年度、第11期女流名人位戦でも林葉に挑戦。五番勝負は1勝の後の3連敗で敗退。

20代前半の頃、女流王将戦で挑戦権争いをしていたとき、山下カズ子との対局の勝勢の局面で、4段目でを成るという反則負けをし、以降、スランプに陥る[3]。将棋の道から退くことさえ考えたが数ヵ月後に立ち直り、以降、従来の「才能で指す」というスタイルを改め、棋譜並べ(過去の実戦の研究)や詰将棋などに打ち込むようになる[3]。その努力が1995年度、レディースオープントーナメントで実り、決勝で当時三冠の清水市代を破り、一般棋戦初優勝を果たした。

2008年7月2日、女流名人位戦B級の対伊奈川愛菓戦で勝ち、通算300勝達成。

2018年2月16日に蛸島彰子が引退したことにより、現役女流棋士で最年長となる。

人物

  • 得意戦法は四間飛車。のちに大流行する角交換四間飛車を2000年以前から採用していたことでも知られる[4]
  • 既婚で息子が2人いる。婿取り婚をしているので、本名も長沢姓のままである。
  • 抜群の歌唱力を持ち、女流棋界きっての歌姫と称されている。かつて「山あじさいの唄」(作詞・土井弘千香、作曲・戸村純)を出した。2016年には、日本将棋連盟推奨で「千駄ヶ谷エレジー」(作詞・袋小路宇治夫、作曲・カツ丼将棋)をリリースしている[5][6]

昇段履歴

主な成績

一般棋戦優勝

優勝合計1回

タイトル挑戦

登場回数2、獲得0
表彰
  • 現役勤続25年表彰(2004年)[1]

脚注

  1. ^ a b c d e f g h i 長沢千和子” (日本語). 日本将棋連盟. 2019年5月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年5月20日閲覧。
  2. ^ 平成10年版「将棋年鑑」(日本将棋連盟)
  3. ^ a b c d e 別冊宝島380「将棋王手飛車読本」
  4. ^ 2014年8月26日 第8期マイナビ女子オープン本選 長沢千和子女流四段 対 和田あき女流2級(17手目の棋譜コメント) - マイナビ女子オープン棋譜中継、2014年8月26日
  5. ^ 「(広告)千駄ヶ谷エレジー c/w信濃慕情 歌唱:長沢千和子女流四段 日本将棋連盟推奨 桜井昇八段推薦」、『将棋世界』(2016年8月号)、日本将棋連盟 pp. 24
  6. ^ 長沢千和子女流四段CD「千駄ヶ谷エレジー」”. 日本将棋連盟デジタルショップ. 2016年4月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年7月17日閲覧。

関連項目