長秋詠藻

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長秋詠藻』(ちょうしゅうえいそう)は、平安時代末期の歌人藤原俊成家集。3巻。六家集の一。仁和寺守覚法親王の求めに応じ、治承2年(1178年)3月に自撰し、同年夏に進献された。名称の「長秋」は皇后の唐名「長秋宮」に因む(俊成の極官は皇太后宮大夫)。[1]

『長秋詠藻』の伝本は大きく4類に分類されている。[1]

分類 概要 歌数 主な伝本
第一類本 俊成自撰の原型本

(上巻は久安百首・述懐百首、中・下巻は四季・賀・恋・雑・釈教・神社・雑に部類)

480首 筑波大学蔵本[2]
第二類本 藤原定家が貴人から『長秋詠藻』を借用し書写した際、原型本に「右大臣家百首」を付加したもの 580首 冷泉家[3]書陵部蔵本[4]陽明文庫近衛基熙奥書本

専修大学蔵本[5]重要文化財

第三類本 二類本に『俊成家集(長秋草)』の一部である長歌および文治年間詠72首が付加されたもの 652首 国会図書館蔵本
第四類本 三類本の「右大臣家百首」と長歌・文治年間歌群の間に「千五百番歌合百首」が挿入されたもの

(末流の一本は六家集本の板本として広く流布したが、本文的には最も欠点が多い)

752首 六家集版本[6]
その他 為相筆本[7]重要文化財

注解[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 松野陽一『藤原俊成の研究』(1973年、笠間書院)、松野陽一・𠮷田薫『藤原俊成全歌集』(2007年、笠間書院、999-1000頁)、有吉保編『和歌文学辞典』(1991年、おうふう、444-445頁)による。
  2. ^ 治承2年3月の俊成奥書を有する。伝姉小路基綱筆。俊成奥書は「治承二年三月随思出注之。尚落失多歟。後見有恥早破々々。沙門釈阿」(松野(1973)19-20頁)。画像
  3. ^ 寛喜元年(1229年)定家奥書を有する。冷泉家伝来の原本を冷泉為満・為頼父子が交筆書写した本。影印は冷泉家時雨亭叢書第28巻『中世私家集四』(2000年、朝日新聞社)として出版されている。
  4. ^ 冷泉家所伝本の転写本。岩波古典大系80『平安鎌倉私家集』(1964年、岩波書店)や私家集大成3『中世Ⅰ』所収「俊成Ⅰ」の底本となっている。画像
  5. ^ 永仁四年(1296年)の奥書を有する。二条為世自筆本。影印は専修大学図書館蔵古典籍影印叢刊(1979年、専修大学出版局)として、翻刻は古典文庫第577冊(1994年)として出版されている。
  6. ^ 『国歌大系 10』、『続国歌大観(歌集部)』、『日本古典全集(平安詩歌)』に活字化されている。
  7. ^ 現・日本大学蔵。松野(1973)は「大島雅太郎氏蔵伝為相筆本」として、「巻軸歌は479『思ひきや』で、寛喜奥書・右大臣家百首は無いというから、A歌群のみということになるが、巻末に修復の跡があり、この後にも本文が付加されていた可能性もあるという。従って、どの類に属するかは判然としないが、本文対校の結果は寛喜本((2)書陵部甲本)と殆ど相等しいとのことなので、恐らく第二類本に属するものと思われる」と述べつつ、詳細不明として分類からは外している。(松野(1973)60頁)