長谷川猪三郎

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長谷川 猪三郎
生誕 1873年10月18日
日本の旗 日本 兵庫県
死没 不明
所属組織 大日本帝国陸軍の旗 大日本帝国陸軍
軍歴 1892年 - 1923年
最終階級 帝國陸軍の階級―肩章―少将.svg 陸軍少将
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長谷川 猪三郎(はせがわ いさぶろう、1871年11月17日明治4年10月5日[1] - 没年不明[2])は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。位階勲等功級爵位は従三位勲三等功四級伯爵[3]

経歴・人物[編集]

兵庫県平民の鈴木和[注釈 1]の長男として生まれ、1893年(明治26年)9月に子爵(のち元帥陸軍大将伯爵)長谷川好道の養嗣子となる[1]1892年(明治25年)陸軍士官学校第3期卒業[2][4]

歩兵第12旅団副官、軍事参議院副官、陸軍省人事局課員、近衛歩兵第1連隊大隊長を経て、1914年大正3年)8月に佐倉連隊区司令官に任官し、さらに翌年の11月に陸軍歩兵大佐に昇進した[1][4]

その後、1916年(大正5年)4月に歩兵第3連隊長、1919年(大正8年)7月に陸軍少将・歩兵第32旅団長を経て、1922年(大正11年)8月に待命し、1923年(大正12年)3月に予備役1930年(昭和5年)4月に後備役に編入した[2][4][5]

栄典[編集]

著作[編集]

  • 『歴史の話』世界思潮研究会、1924年。

親族[編集]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 『人事興信録』第8版では鈴木氏知。

出典[編集]

  1. ^ a b c 『人事興信録』第5版、は92頁
  2. ^ a b c 『日本陸軍将官辞典』574頁。
  3. ^ a b 『人事興信録』第8版、ハ31頁
  4. ^ a b c 『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』105頁。
  5. ^ 『陸軍後備役将校同相当官服役停年名簿』、昭和6年4月1日調。
  6. ^ 『官報』第4164号「叙任及辞令」1940年11月21日。

参考文献[編集]

  • 福川秀樹『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。
  • 外山操編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。
  • 人事興信所編『人事興信録』第5版、人事興信所、1918年。
  • 人事興信所編『人事興信録』第8版、人事興信所、1928年。
日本の爵位
先代:
長谷川好道
伯爵
長谷川(好道)家2代
次代:
長谷川東吉