開盛駅

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開盛駅
かいせい
Kaisei
共進 (3.9km)
(1.8km) 北遠軽
所在地 北海道紋別郡上湧別町開盛
所属事業者 北海道旅客鉄道(JR北海道)
所属路線 名寄本線
キロ程 133.6km(名寄起点)
電報略号 カセ
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
開業年月日 1915年大正4年)11月1日
廃止年月日 1989年平成元年)5月1日
備考 名寄本線廃線に伴い廃駅
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1977年の開盛駅と周囲約500m範囲。左下が遠軽方面。千鳥状の単式ホーム2面2線のみが残されている。かつては駅裏に副本線とストックヤードを持っており、さらに駅舎横の両側に引込み線を持っていたが、既に撤去されているか草に覆われている様である。戦後まもなくの頃は木材が野積みされていた事もあったが、1961年というかなり早い時期に貨物扱いをやめている。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成

開盛駅(かいせいえき)は、北海道網走支庁紋別郡上湧別町字開盛(現・湧別町開盛)にかつて設置されていた、北海道旅客鉄道(JR北海道)名寄本線廃駅)である。電報略号カセ。名寄本線の廃線に伴い、1989年(平成元年)5月1日に廃駅となった。

歴史[編集]

  • 1915年(大正4年)11月1日 - 鉄道院湧別軽便線の遠軽駅 - 当駅間延伸開通に伴い、社名淵駅(しゃなぶち)として開業[1]一般駅
  • 1916年(大正6年)
    • 11月7日 - 1067mmに改軌。
    • 11月21日 - 当駅 - 下湧別駅(後の湧別駅)間の延伸開通(湧別軽便線全通)に伴い、中間駅となる。
  • 1922年(大正11年)9月2日 - 路線名を湧別線に改称、それに伴い同線の駅となる。
  • 1932年(昭和7年)10月1日 - 遠軽駅 - 下湧別駅間を湧別線から削除し名寄本線に編入、それに伴い同線の駅となる。
  • 1934年(昭和9年)2月5日 - 開盛駅と改称[1]
  • 1949年(昭和24年)6月1日 - 公共企業体である日本国有鉄道に移管。
  • 1961年(昭和36年)7月25日 - 貨物取扱い廃止。
  • 1978年(昭和53年)12月1日 - 荷物取扱い廃止。同時に出札・改札業務を停止し、旅客業務について無人化。但し、閉塞扱いの運転要員は継続配置。
  • 1986年(昭和61年)11月1日 - 交換設備廃止、同時に完全無人化。
  • 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、JR北海道に継承。
  • 1989年(平成元年)5月1日 - 名寄本線の全線廃止に伴い、廃駅となる。

駅名の由来[編集]

廃止時の駅名「開盛」は所在地の集落からとったものである[1][2]。地名は湧別川に架橋された「開盛橋」の名に由来する[1][2][3]

旧駅名の「社名淵」は、アイヌ語由来であるが諸説あり、「サンナイプトゥ(san-nay-putu)」(下る・川・口、「サンナイ川(=社名淵川)の合流口」の意)[1][3][4][5]、あるいは「サナプトゥ(sa-na-putu)」(浜・の方の・その口)に由来するとされている[5][6]。この名称も現在でも付近の地区名として残る[6]

なお、改名の経緯について『駅名の起源』(1939年版)では「各種の事情に依り[2]」としている。

駅駅構造[編集]

廃止時点で、単式ホーム1面1線を有する地上駅であった。ホームは、線路の東側(遠軽方面に向かって左手側)に存在した。

国鉄時代末期に完全無人化されるまでは、単式ホーム2面2線を有する列車交換可能な交換駅であった[7]。単式1面1線を千鳥式に配置し、駅舎側から下り2番線ホーム・線路・上り1番線ホーム・線路の順の配線となっていた[7]。互いのホームは、駅舎側ホーム南側と外側ホーム北側を結んだ構内踏切で連絡していた[7]。そのほか、1番線の名寄方から分岐し遠軽方へ戻る形の行き止まりの側線を1線有していた[7]。ホーム前後の線路は転轍機の名残で湾曲していた[7]

無人駅となっていたが、有人駅時代の駅舎が残っていた。駅舎は構内の東側に位置し、ホームに接していた[7]

周辺[編集]

駅跡地[編集]

駅構内跡は遠軽方が開盛市街地再整備で宅地や町道となり、紋別方は空き地となって防雪林が残されている。2009年の開盛地区開基100年を前に2006年11月、開盛自治会が黒御影石製の「名寄本線開盛駅跡之碑」を建立した[9]

遠軽方には長らく国道242号の開盛跨線橋が残り、路盤跡を転用した市街地内の町道と立体交差していたが、北海道開発局が2012年5月から10月にかけて国道の開盛跨線橋切り下げ工事を実施したため撤去された[10]

隣の駅[編集]

北海道旅客鉄道
名寄本線
共進駅 - 開盛駅 - 北遠軽駅

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e 『北海道 駅名の起源』 日本国有鉄道北海道総局、札幌市、1973年3月25日、第1版、198頁。
  2. ^ a b c 『駅名の起源』 札幌鉄道局編、北彊民族研究会、1939年、92頁。NDLJP:1029473
  3. ^ a b 書籍『北海道の駅878ものがたり 駅名のルーツ探究』(監修:太田幸夫、富士コンテム、2004年2月発行)188ページより。
  4. ^ アイヌ語地名リスト シベ~セツ P61-70P”. アイヌ語地名リスト. 北海道 環境生活部 アイヌ政策推進室 (2007年). 2019年3月31日閲覧。
  5. ^ a b 本多 貢 (1995-01-25). 児玉 芳明. ed (日本語). 北海道地名漢字解. 札幌市: 北海道新聞社. p. 50. ISBN 4893637606. OCLC 40491505. https://www.worldcat.org/oclc/40491505. 
  6. ^ a b アイヌ語地名リスト シベ~セツ P61-70P”. アイヌ語地名リスト. 北海道 環境生活部 アイヌ政策推進室 (2007年). 2019年3月31日閲覧。
  7. ^ a b c d e f 書籍『国鉄全線各駅停車1 北海道690駅』(小学館、1983年7月発行)212ページより。
  8. ^ a b 書籍『北海道道路地図 改訂版』(地勢堂、1980年3月発行)18ページより。
  9. ^ 「鉄路の思い出後世に 開盛駅跡地に碑建立 上湧別」北海道新聞朝刊北見版、2006年11月30日付
  10. ^ 「かわらばんNo.64」湧別町、2012年5月24日付

関連項目[編集]