間垣

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間垣(まがき)とは、日本相撲協会年寄名跡のひとつで、初代・間垣が四股名として名乗っていたもので、その由来は定かではない。享保時代(1716年-1737年)に創設され、約300年の歴史をもつ由緒ある名跡である。2013年12月に年寄名跡証書が行方不明状態になっていると報じられていたが[1][2]、2014年5月に当時現役の時天空慶晃が取得した[3]。時天空が2016年8月に引退して同名跡を襲名したが、年寄在職中の2017年1月に死去。没後しばらくは時天空の遺族が同名跡を保有していたが、佐ノ山を借り名跡で襲名していた土佐豊祐哉が2018年4月に同名跡を取得して、襲名している。

間垣の代々[編集]

  • 代目の太字は、部屋持ち親方。
代目 引退時しこ名 最高位 現役時の所属部屋 襲名期間 備考
初代 間垣伴七 --- ---
2代 ? --- ---
3代 冨士根鉄五郎 --- ---
4代 香取山喜傳治 --- 常盤山部屋? 1796年?-1805年?
5代 鈴鹿山清蔵 --- 間垣部屋? 1806年?-1810年?
6代 鯱亀之助 十10 間垣?-粂川部屋? 1819年?-1844年?
7代 三河屋繁治郎 --- --- 1844年?-1849年?
8代 龍虎平吉 下8 雷部屋 1856年?-1881年?
9代 出釈迦山峯吉 前8 音羽山-間垣部屋 1881年?-1892年10月(死去) 二枚鑑札
10代 出釈迦山光右エ門 下10 間垣部屋 1894年1月-1897年1月(返上) 二枚鑑札
11代 九紋龍竹松 十1 音羽山-高砂-武隈部屋 1901年?-1913年10月(死去)
12代 尼ヶ嵜清吉 小結 高砂部屋 1915年5月-1947年3月(死去)
13代 大邱山高祥 関脇 出羽海部屋 1947年11月-1950年1月(廃業)
14代 明瀬川傳四郎 前13 伊勢ヶ濱部屋 1950年1月-1951年5月(廃業) 借株
15代 信濃川藤四郎 十11格 鏡山-伊勢ヶ濱部屋 1951年5月-1958年9月(廃業) 借株
16代 清水川明於 小結 追手風部屋 1958年9月-1979年2月(死去)
17代 荒勢永英 関脇 花籠部屋 1981年9月-1983年2月(廃業)
18代 若乃花幹士 (2代) 横綱 二子山部屋 1983年5月-2013年12月(退職)
19代 時天空慶晃 小結 時津風部屋 2016年8月-2017年1月(死去)
20代 土佐豊祐哉 前1 時津風部屋 2018年4月-

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 間垣親方が退職、年寄名跡やりとり調整付かず YOMIURI ONLINE 2013年12月20日
  2. ^ 詳細は不明であるが、18代が現役の関取に証書を渡しており、その所有者と協議が合意しなかったという。
  3. ^ 時天空が年寄名跡「間垣」取得していた 日刊スポーツ 2014年6月17日