関憲太郎

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関 憲太郎 Football pictogram.svg
名前
カタカナ セキ ケンタロウ
ラテン文字 SEKI Kentaro
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1986-03-09) 1986年3月9日(33歳)
出身地 群馬県藤岡市
身長 178cm
体重 78kg
選手情報
在籍チーム 日本の旗 ベガルタ仙台
ポジション GK
背番号 21
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2008- ベガルタ仙台 90 (0)
2010-2012 横浜FC (loan) 59 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2018年12月7日現在。
■テンプレート(■ノート ■解説■サッカー選手pj

関 憲太郎(せき けんたろう、1986年3月9日 - )は群馬県出身のプロサッカー選手Jリーグベガルタ仙台所属。ポジションはゴールキーパー (GK)

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

前橋育英高から2年次に国見高に転入[1]。3年時にインターハイ全国高校選手権優勝を経験。同期に平山相太がいる。卒業後、明治大学に進学。4年時に関東大学リーグ優勝を経験し、MVPも獲得。同期に斎藤雅也石井秀典がいる。

プロ入りから横浜FC時代まで[編集]

2008年Jリーグ2部(当時)のベガルタ仙台に入団。2009年にはJ1昇格も経験するが、林卓人がすでに正GKに君臨していたために公式戦出場機会はなし。

2010年、J2横浜FC期限付き移籍。移籍後は、ガイナーレ鳥取から加入したベガルタ時代のチームメイトでもあるシュナイダー潤之介と激しくレギュラーを争った。この年はリーグ戦13試合に出場した。その後、移籍期間を2012年まで延長。2011年は全38試合に出場したが、2012年になるとシュナイダーにレギュラーを奪われた。

仙台復帰後[編集]

2013年、仙台に復帰、天皇杯2回戦のブラウブリッツ秋田戦で、仙台加入後初めて公式戦に出場。2014年、林卓人の移籍に伴って正GKの座を獲得、開幕節のアルビレックス新潟戦で、プロ入り後初のJ1リーグ戦出場を果たした。結局この年のリーグ戦は、第24節鳥栖戦を除く33試合に出場した。

2015年も開幕スタメンを果たしたが、3月13日の第2節・戦で試合終了間際にファンブルによる失点を犯してしまう[2]と、5日後に行われたナビスコ杯予選でこのシーズンに新たに加入した六反勇治が活躍した[3]こともあって正GKの座を失い、結局この年のリーグ戦は2試合の出場にとどまった。

2016年は、開幕スタメンこそ六反に譲ったものの[4]、翌節のFC東京戦で後半途中に六反が負傷したため、約1年ぶりにリーグ戦出場の機会を得る[5]。さらに3月12日の1st第3節・鹿島戦では丸1年ぶりのリーグ戦スタメンを任されると、試合開始早々にチームが先制したこともあって多くのピンチを迎えるが、好セーブを連発して無失点に抑えチームの完封勝利に貢献した[6]。1stステージ第5節の広島戦で負傷したため一時は離脱したものの[7]、2ndステージは六反から完全にスタメンの座を奪い返し[4]、結局このシーズンのリーグ戦は過半数の20試合に出場した[8]。シーズン終了後仙台と契約を更新[8]

2017年は、これまでポジションを争っていた六反が清水に移籍し[4]松本期限付き移籍していたシュミット・ダニエルが復帰したため[9]、シュミットとのポジション争いを繰り広げる。シュミットに身長で約20cm劣るものの、正確なセービング能力と俊敏性で体格の差カバー[10][11]、シュミットがキャンプで負傷し調整が遅れたこともあって[12]、2年ぶりの開幕スタメンを獲得した。開幕節では5年ぶりのJ1復帰を果たした札幌を無失点に抑えて勝利すると[10]、翌週の磐田戦でも無失点に抑え、自身初の開幕2試合連続完封を果たした[13]。しかし、4月7日の第6節・浦和戦でクラブ史上ワーストの7失点を喫すると[14]、翌節からシュミットに守護神の座を明け渡してしまう。それでもシュミットの負傷により9月23日の第27節・C大阪戦で約半年ぶりにリーグ戦スタメンを果たすと、完封こそ逃したものの再三の好セーブでチームの勝利に貢献[15][16]、その後はシーズン終了までゴールマウスに立ち続けた。また、YBCルヴァンカップでは多くの試合に出場、経験の少ない味方選手を守備面で統率し、クラブ初のベスト4に貢献した[11]。結局このシーズンはリーグ戦14試合を含む公式戦21試合に出場した。

所属クラブ[編集]

ユース経歴[編集]

プロ経歴[編集]

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2002 国見高 1 - - - 3 0 3 0
2003 - - - 2 0 2 0
2007 明治大 1 - - - 3 0 3 0
2008 仙台 21 J2 0 0 - 0 0 0 0
2009 0 0 - 0 0 0 0
2010 横浜FC 31 13 0 - 1 0 14 0
2011 38 0 - 1 0 39 0
2012 8 0 - 1 0 9 0
2013 仙台 21 J1 0 0 0 0 1 0 1 0
2014 33 0 1 0 1 0 35 0
2015 2 0 4 0 3 0 9 0
2016 20 0 4 0 1 0 25 0
2017 14 0 6 0 1 0 21 0
2018 16 0 2 0 2 0 20 0
2019
通算 日本 J1 85 0 17 0 9 0 111 0
日本 J2 59 0 - 3 0 62 0
日本 - - 8 0 8 0
総通算 146 0 17 0 20 0 181 0

脚注[編集]

  1. ^ 国見高の小嶺忠敏監督(当時)と前橋育英高の山田耕介監督とが師弟関係にあり、当時国見高のGKが不足していたことから前橋育英高にGKの譲渡を依頼し、規則に引っ掛からない普通科所属の関に白羽の矢が立った。
  2. ^ 試合終了間際、柏・鈴木の同点ゴールで1-1ドロー”. スポニチアネックス (2015年3月13日). 2015年12月1日閲覧。
  3. ^ 【ナビスコ杯】仙台GK六反、PK神セーブ!古巣横浜M相手に勝利貢献”. スポーツ報知 (2015年3月19日). 2015年12月1日閲覧。
  4. ^ a b c 清水、仙台から日本代表GK六反を獲得。J1残留へ泣きどころの守護神を補強”. フットボールチャンネル (2016年12月29日). 2017年12月7日閲覧。
  5. ^ FC東京が逆転でリーグ戦初勝利、仙台はGK六反が負傷交代するアクシデント”. ゲキサカ (2016年3月6日). 2017年12月7日閲覧。
  6. ^ 仙台を救った“代役”…「いっぱいいっぱいだった」GK関の好セーブ連発で鹿島を完封”. サッカーキング (2016年3月13日). 2017年12月7日閲覧。
  7. ^ 仙台の厳しいGK事情…六反に続いてGK関憲太郎までも負傷離脱”. ゲキサカ (2016年4月3日). 2017年12月7日閲覧。
  8. ^ a b 仙台がGK関ら3選手と2017シーズンの契約更新”. ゲキサカ (2016年12月20日). 2017年12月7日閲覧。
  9. ^ GKシュミット・ダニエルがJ2松本から仙台に復帰”. 日刊スポーツ (2016年12月9日). 2017年12月7日閲覧。
  10. ^ a b 【仙台】2年ぶり開幕ピッチでGK関が守って完封勝利!”. スポーツ報知 (2017年2月26日). 2017年12月7日閲覧。
  11. ^ a b 【仙台 vs 大宮】 ウォーミングアップコラム:関憲太郎。粛々と、勝つための準備を進めるGK”. J's GOAL (2017年11月7日). 2017年12月7日閲覧。
  12. ^ 【仙台】開幕GK“当確”の関、3―4―3の「景色に慣れてきた」”. スポーツ報知 (2017年2月16日). 2017年12月7日閲覧。
  13. ^ 【仙台】GK関「手堅く、したたかに守れた」自身初の開幕2戦連続完封!”. スポーツ報知 (2017年3月4日). 2017年12月7日閲覧。
  14. ^ 【仙台】GK関「これが現実。受け止めないと」好セーブ連発も7失点”. スポーツ報知 (2017年4月8日). 2017年12月7日閲覧。
  15. ^ 【仙台】石原チーム最多8点!椎橋リーグ戦プロ初弾!野沢14年連続弾で快勝”. スポーツ報知 (2017年9月23日). 2017年12月7日閲覧。
  16. ^ 【J1採点&寸評】C大阪1-4仙台|攻守に機能した仙台は「7」が3人!C大阪は今季ワーストの出来”. サッカーダイジェストWeb (2017年9月24日). 2017年12月7日閲覧。

関連項目[編集]