関東配電

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関東配電株式会社(かんとうはいでん。略称は「関配(かんぱい)」)は、1942年から1951年まで存在した企業。日本最初の電力会社東京電燈の後身であり、現在の東京電力の前身にあたる。

沿革[編集]

大正2年(1913年)頃の「甲府電力株式会社」[1]

1942年、国家総動員法に基づく配電統制令により、東京電燈、甲府電力、富士電力日立電力が合併し、関東配電が設立された[2]

このとき、東京市電気局(現東京都交通局)が運営していた火力発電所による電気供給事業が、関東配電に委譲された[3]山梨県宮川電燈株式会社、福島県の福島電灯が1940年に着手した箒川発電所建設工事、埼玉県粕壁町営電気事業組合の電力電灯事業、神奈川県秦野町の町営電気事業、東京市の王子電気軌道の電灯事業、茨城県水浜電車の電力事業など、各地の電気事業が関東配電に統合されていった。

1951年5月1日、東京電力株式会社に施設を現物出資し営業停止。

脚注[編集]

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  1. ^ 『写真集 明治大正昭和 甲府』ふるさとの想い出 10、飯田文弥・坂本徳一著、図書刊行会、昭和53年、国立国会図書館蔵書、2019年3月22日閲覧
  2. ^ 渋沢栄一記念財団 実業史研究情報センター 社史プロジェクト 社史紹介 東京電灯(株)
  3. ^ 東京都交通局ホーム>経営情報>交通局の概要>発電事業