関西フィルハーモニー管弦楽団

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関西フィルハーモニー管弦楽団
Osaka The Symphony Hall01n3200.jpg
基本情報
出身地 日本の旗 日本
大阪市港区弁天町
ジャンル クラシック音楽
活動期間 1970年 -
公式サイト 関西フィルハーモニー管弦楽団
メンバー 音楽監督
オーギュスタン・デュメイ
首席指揮者
藤岡幸夫
桂冠名誉指揮者
飯守泰次郎
コンサートマスター
岩谷祐之
ギオルギ・バブアゼ

特定非営利活動法人関西フィルハーモニー管弦楽団(かんさい - かんげんがくだん、Kansai Philharmonic Orchestra)は大阪市港区に本拠地をおくオーケストラ日本オーケストラ連盟正会員。通称は「関フィル」(かんふぃる)。

概要[編集]

2003年10月から特定非営利活動法人として活動。楽団事務局を港区弁天町オーク2番街西館(ハープ館)7階に置いている(練習場は6階のオークホールを使用)。

初代常任指揮者宇宿允人。その後、小松一彦黒岩英臣、ウリ・マイヤーが歴任。小松は名誉指揮者となっている。2015年6月現在の指揮者陣はオーギュスタン・デュメイ2008年より首席客演指揮者、2011年より音楽監督)、藤岡幸夫2000年より正指揮者、2007年より首席指揮者)、飯守泰次郎2001年より常任指揮者、2011年より桂冠名誉指揮者)の3人。コンサートマスターは岩谷祐之とギオルギ・バブアゼ。

2000年から2002年にかけて飯守の指揮でベートーヴェン交響曲協奏曲全曲の演奏会が行われた。2011年から同じく飯守の指揮でブルックナーの、2012年から藤岡の指揮でシベリウスの交響曲全曲の演奏が各々進行中である。

また藤岡の指揮で吉松隆の交響曲第4番、チェロ協奏曲 「ケンタウルス・ユニット」、ソプラノ・サクソフォーン協奏曲「アルビレオ・モード」の世界初演(ただし交響曲第4番はイギリスでのCD録音が先だったので公開初演)を行っている。小松が常任指揮者だった時期には大阪府吹田市出身の作曲家・貴志康一の作品が取り上げられた。飯守も、貴志や神戸市出身の大澤壽人の作品を積極的に取り上げている。

公演は、ザ・シンフォニーホールで年9回程度の定期演奏会、いずみホールでの演奏会シリーズのほか、本拠の大阪市を離れた出張公演も数多くこなす。地方公演の多くが毎年の恒例や定期演奏会となっているのも特徴である。現在定期演奏会の指揮はデュメイ・飯守・藤岡を合わせて1シーズンに5~6回以上(過半数)、また藤岡は各種演奏会を合わせて年間40回以上の指揮を担当している。

2014年10月から藤岡が司会を務めるテレビ番組「エンター・ザ・ミュージック」(BSジャパン)の、ほぼすべての回で藤岡の指揮による演奏が放映されている。

2015年5月下旬から6月上旬にかけて、楽団初のヨーロッパ公演をスイス・ドイツ・イタリアの5都市で行った。指揮(とヴァイオリン独奏)はすべて音楽監督のデュメイが行った。

2015年8月東大阪市と「文化芸術のまち推進協定」を締結。

来歴[編集]

1970年ヴィエール室内合奏団の名称で発足。指揮者は宇宿允人であった。1975年ヴィエール・フィルハーモニックと改称した後、1982年に現在の名称となる。発足以来、運営は赤字続きだったが、大東市に本社を置き、住道駅前でショッピングセンターポップタウン住道」を経営する大川創業の社長である大川真一郎が、楽団の赤字補填と資金調達のため年間3,000万円以上にも上る資金援助を行い、いわゆる企業メセナの一環として楽団運営の屋台骨を支えた(楽団創立40周年を記念する第223回定期演奏会(2010年9月10日)の演奏会プログラムには「楽団が最も困難だった時代、数十億の私財を投じ」とある)。大川は自身がクラリネットを嗜み、自費で同団を雇って協奏曲を演奏し、宇宿に演奏解釈を師事するなど、経営面だけでなく演奏の現場感覚を熟知していた。

特定非営利活動法人に移行するまで大川自身が楽団代表を長く務め、移行に際しては楽団向けの債権(個人分と会社分)も全て放棄している。同社は1986年から1993年までポップタウン内に楽団の練習場も提供しており、弁天町に移転するまでの拠点であった。現在でも大東市主催の音楽イベントは関西フィルの出演が多い。なお、前述のように大川自身がアマチュアのクラリネット奏者として活動しており、ヴィエール時代から協奏曲での共演が多かったことが、比較的スムースな移行の背景にあるとされている。

演奏会[編集]

関連項目[編集]