関谷連三

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関谷 連三
生誕 1878年7月15日
日本の旗 日本 山口県
死没 (1931-08-18) 1931年8月18日(53歳没)
所属組織 大日本帝国陸軍の旗 大日本帝国陸軍
軍歴 1898年 - 1928年
最終階級 帝國陸軍の階級―肩章―中将.svg 陸軍中将
除隊後 大阪軍人会館建設委員長
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関谷 連三(關谷 連三、せきや れんぞう、1878年明治11年)7月15日 - 1931年昭和6年)8月18日[1])は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍中将

経歴・人物[編集]

山口県出身[1]1898年(明治31年)陸軍士官学校第10期卒業[1]。のち1908年(明治41年)陸軍大学校第20期卒業[1]

1919年大正8年)4月に陸軍歩兵大佐歩兵第67連隊長、1920年(大正9年)8月に陸軍省軍務局歩兵課長を経て、1923年(大正12年)8月に陸軍少将・歩兵第38旅団長に任官[2]。さらに1926年(大正15年)3月に第4師団司令部附を経て、1928年(昭和3年)8月に陸軍中将に昇進と同時に待命、同年8月末に予備役に編入した[1][2]

退役後は、大阪軍人会館の建設委員長を務めた[3]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e 『日本陸軍将官辞典』409頁。
  2. ^ a b 『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』149頁。
  3. ^ デジタル版 日本人名大辞典+Plus(講談社)『関谷連三』 - コトバンク

参考文献[編集]

  • 福川秀樹『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。
  • 外山操編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。