関関戦

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
関関戦
初開催 1923年(野球)
1953年(サッカー、定期戦)
チーム 関西大学
関西学院大学

関関戦(かんかんせん)は、関西大学関西学院大学の間で行われるスポーツ分野での対校戦である。

硬式野球[編集]

阪神甲子園球場

歴史[編集]

この連盟の発足後に関西の大学スポーツ界の人気イベントとしての立場が徐々に高まり、中でもの阪神の二大私学対決である関関戦は、昭和時代初期には一般市民にも多くのファンを生むなど、同立戦同志社大学立命館大学[4]と共に関西学生野球連盟の春秋リーグ戦の「伝統の一戦」と位置づけられ[5]、人気カードとして市民に親しまれた。 関西の学生野球史では必ず登場する関関戦は、同立戦と共に関西地区の学生野球対抗戦としては最も有名なカードで全国的な知名度的としても早慶戦に次ぐものとされている。

対戦成績[編集]

長らく阪急西宮球場で行われていたが、2002年の同球場の閉鎖などに伴い、現在は主に阪神甲子園球場で開催されている。近年は、両校の成績不振(関大は1995年春から2014年秋、関学は1993年春から2012年春まで、優勝から遠ざかっていた)や交通アクセスの悪化(両校とも阪急電鉄沿線)もあり、観客動員数では同立戦に大きく水をあけられている。

また、延長戦などで薄暮となった場合でも照明塔は使用せず、「日没の為コールドゲーム」となる。 なお、両校は年に一度、総合関関戦と呼ばれる大学同士のスポーツ大会も催されており、硬式野球部もリーグ戦とは別に対戦している。甲子園球場ではなく硬式野球部のグラウンドで行われる。

サッカー[編集]

関西大学体育会サッカー部および関西学院大学体育会サッカー部の間で開催され、1923年(大正12年)の関西専門学校ア式蹴球リーグにおける対戦が最初の対戦となる。以降もリーグ戦の試合をもって関関戦として実施されている。

なお、年2回のリーグ戦の1試合を特に関関サッカー定期戦としている。関関サッカー定期戦の第1回大会は1953年に開催され、2015年に第60回目の関関サッカー定期戦が開催された[6]

脚注[編集]

  1. ^ 当時の京都五大学野球連盟に関しては、関西六大学野球連盟 (旧連盟)などを参照の事。
  2. ^ 関西学院高等商業部、神戸商業大学の野球部ともに関西学生野球連盟から移籍。関学は1933年まではその連盟との掛け持ち加盟。
  3. ^ 関学の1932年春の大学昇格をもって関西六大学野球連盟に改称。
  4. ^ <懐かしの立命館>戦前「最後の立同戦」 立命館史資料センター2018年11月5日閲覧
  5. ^ 総合関関戦 関西大学スポーツ振興グループ2018年11月5日閲覧
  6. ^ 関関サッカー定期戦について”. 第60回関関サッカー定期戦. 2016年10月29日閲覧。

関連項目[編集]