阪神2000系電車

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
阪神2000系電車
武庫川駅付近にて
武庫川駅付近にて
基本情報
運用者 阪神電気鉄道
製造所 武庫川車両工業
種車 7001・7101形
7801・7901形3次車
製造年 1970年 - 1973年
改造年 1990年 - 1993年
改造数 48両
引退 2011年
主要諸元
編成 6両編成
軌間 1,435 mm
電気方式 直流1,500V
架空電車線方式
最高運転速度 106 km/h
設計最高速度 110 km/h
車両定員 先頭車140人
中間車150人
自重 2001形 36.0t
2101形 36.5 - 37.0t
2201形 30.0t
全長 18,880 mm
全幅 2,800 mm
全高 2001・2201形 4,138 mm
2101形 4,160 mm
車体 普通鋼
台車 住友金属工業
2001・2101形 FS-341
2201形 FS-341T
主電動機 東洋電機製造
TDK-814-A,A1,TDK-814/2-A2 110kW
2009・2010・2109・2110 TDK-8142-A 124kW
駆動方式 中空軸平行カルダン駆動方式
歯車比 74:13 (5.69)
制御方式 界磁添加励磁制御
制御装置 三菱電機
ABFM-118-15-MRH
制動装置 HSC-R 電磁直通電空併用抑速
保安装置 阪神・山陽・阪急形ATS
テンプレートを表示

阪神2000系電車(はんしん2000けいでんしゃ)は、阪神電気鉄道が保有・運用した優等列車用の電車である。1970年から1973年にかけて製造された電機子チョッパ制御7001・7101形、および抵抗制御7801・7901形3次車(7840・7940以降)を1990年から1993年にかけて6両固定編成化改造のうえ、制御器界磁添加励磁制御に換装して登場した形式である。

本項では解説の便宜上、梅田方先頭車の車両番号 + F(Formation = 編成の略)を編成名として記述(例:2201以下6両編成 = 2201F)する。

大規模更新[編集]

1985年以来の8000系の増備に伴い、初期急行系車両の淘汰と優等列車運用の6連化が進行していった。当初は3561形3301形・3501形などの直角カルダン車から淘汰が始まったが、1989年以降は7801形1次車や7601形も廃車対象になって置き換えが進行していた。7001形7801形3次車はこれらの形式を主な併結相手としていたことから、置き換えが進行すると、4連および2連で運行されている両形式の併結相手の不足につながることとなった。

ただ、この時期になると7001形および7801形3次車は登場以来20年を経過したことから車体更新の時期を迎えており、この機会に7001形が搭載していた力行専用の電機子チョッパ制御装置を、7801形3次車の電動カム軸式制御装置ともども、より省エネルギー効率が高くメンテナンスフリーにも優れた制御器に換装することを計画していた。当時は各大手私鉄においてVVVFインバータ制御車の投入が始まっていたが、それでも省エネルギーの実績がありコスト的にも引き合う界磁チョッパ制御車を導入する会社が大半であった。阪神においても当時の最新だった8000系はもちろん、7801形1次車や3521形を改造した3000系で界磁チョッパ制御を採用したが、界磁チョッパ制御にした場合、主電動機を直巻式から複巻式に換装する必要があり、主電動機が流用できずに改造コストが上昇するというデメリットがあった。

しかし、1970年代後半から1980年代前半にかけて直巻式モーターで界磁制御によって安定した回生ブレーキを可能とする界磁添加励磁制御の開発が進み、1985年から1986年にかけて登場した国鉄205211系山陽電気鉄道5000系などに採用されてその技術も確立されていた。そこで阪神においても7001形および7801形3次車の更新改造時に界磁添加励磁制御装置を採用することし、併せて6連化に伴う先頭車の中間車化改造や中間に組み込まれた付随車の電装改造など大規模な改造が行われたことから、新形式の2000系が与えられることとなった。

改造の概要[編集]

7001形および7801形3次車から本系列への改造の概要は以下のとおりである。

  • それまでの7001形4連基本、7801形2連基本だったものを、8000系や先に改造された8801形同様、3両ユニットを2組組み合わせた6両固定編成とした。形式は、パンタグラフのないM車が2001形、パンタグラフのあるM車が2101形、Tc車が2201形で、末尾奇数番号が大阪寄り、偶数番号が神戸寄りである。
  • 第1次車の2201Fから第6次車の2211Fまでは、7001形M2車と神戸方Tc車の間に7801形3次車を組み込み、旧T車の7940 - 7950に電装改造を実施して2001形2002 - 2012と改番し、旧Mc車の7840 - 7850の運転台を撤去して2101形2102 - 2112と改番した。
  • 第7次車の2213Fと第8次車の2215Fは、残った7001形4連×3本のうち、7117Fを分解して7113F・7115Fに組み込んで6連×2本とした。その際、2213Fに組み込まれた7118、2215Fに組み込まれた7117は運転台を撤去のうえ電装改造を実施され、それぞれ2101形2114と2001形2016に改番された。なお、2016は種車の運転台の向きの関係から、中間車改造を受けた先頭車のうち、唯一旧運転台の向きが大阪方である。
  • 検査入場時の整備の際、ユニット単位で整備を行うことから、2000形の奇数番号車は神戸寄り、偶数番号車は大阪寄りに簡易運転台を設置した。旧7001形M2車だった2001形奇数番号車にとっては簡易運転台が復活したことになる[1]
  • 運転台撤去改造を受けた車両の窓配置は、いずれも11D3D3D2である。また、運転台撤去部分は先に固定編成改造を実施された5001形(2代)および5131形・5331形といった普通系車両同様、従来の運転台部分の三面折妻の形態を残している。
  • 2201形の前面は、6連固定編成での運用を前提として、埋め込み式の貫通幌が撤去されてステンレス製の飾り帯が取り付けられたほか、ジャンパ栓受けや車掌台側の屋根に上るステップが撤去されるなど、こちらも先に固定編成改造を実施された普通系車両同様の改造を実施され、前面の見付がすっきりしたものとなった。
  • パンタグラフは、2101形奇数番号車は2基搭載し、2101形偶数番号車は大阪方に1基搭載した。これは種車の大多数を占める旧7001形M1車および7801形3次車のパンタグラフ搭載位置を踏襲したものだが、旧7001形のみで編成された2113・2115Fでは少し異なり、旧7118の2114は電装改造時に大阪方にパンタグラフを1基搭載したが、旧7017の2116は改造時に神戸方のパンタグラフを撤去した。
  • 連結器は、先頭車の運転台側と2001形のユニット間がバンドン式密着連結器を装備し、その他の中間部は棒連結器を装備した。
  • 冷房装置はMAU-13Hで変更はないが、2201形の最前部の冷房装置のみ、乗務員室の冷房化を図るため、こちらも5001形(2代)および5131形・5331形同様、CU-10Hに換装された。
  • 車内の見付は、座席は従来からのロングシートであるが、化粧板が8000系タイプII以降と同じベージュ系のチェック模様となり、第2次車2203F以降では8000系8233Fで採用したLED車内案内表示装置を、客用扉上部の山側2か所・海側1か所に配置している。また、第6次車2211F以降は、8000系タイプIIと同様にドアの内側に化粧板を張ったタイプに変更されている。
  • 制御装置は、種車のCFM-118-15H(7001形)、ABFM-114-15-MC(7801形)から、三菱電機製の界磁添加励磁制御器であるABFM-118-15-MRHに換装し、2101形に搭載した。この制御器は1台のコントローラーで2両分8台の主電動機を制御する1C8M方式である。
  • 主電動機は種車の東洋電機製造製TDK-814-A,A1,TDK-814/2-A2[2]を流用したが、第5次車の2209Fの電動車である2009・2010・2109・2110の4両は、出力124kWのTDK-8142-Aに換装しパワーアップを図った。
  • 補助電源装置は、旧7101形奇数車、旧7001形M2および7901形が搭載していた出力70kVAの電動発電機 (MG) であるCLG-346Gから、出力140kVAの静止形インバータ (SIV) であるNC-FAT140Cに換装、2001形に搭載した。搭載基数は3基から2基に減少したが、トータルの出力では向上している。

7001形および7801形3次車から本系列への改番は下表のとおり。なお、表中の矢印は中間に組み込まれた運転台の向きを示す。

2000系新旧車両番号対照表
梅田
元町
 
新形式
(旧形式)
Tc2201
(Tc7101)
M2101
(M7001)
M'2001
(M'7001)
M'2001
(T7901)
M2101
(Mc7801)
Tc2201
(Tc7101)
備考
新番号
(旧番号)
2201
(7101)
2101
(7001)
2001
(7002)
2002
(7940)
2102→
(7840→)
2202
(7102)
 
2203
(7103)
2103
(7003)
2003
(7004)
2004
(7942)
2104→
(7842→)
2204
(7104)
 
2205
(7105)
2105
(7005)
2005
(7006)
2006
(7944)
2106→
(7844→)
2206
(7106)
 
2207
(7107)
2107
(7007)
2007
(7008)
2008
(7946)
2108→
(7846→)
2208
(7108)
 
2209
(7109)
2109
(7009)
2009
(7010)
2010
(7948)
2110→
(7848→)
2210
(7110)
 
2211
(7111)
2111
(7011)
2011
(7012)
2012
(7950)
2112→
(7850→)
2212
(7112)
 
新形式
(旧形式)
Tc2201
(Tc7101)
M2101
(M7001)
M'2001
(M'7001)
M'2001
(M'7001)
M2101
(Tc7101)
Tc2201
(Tc7101)
 
新番号
(旧番号)
2213
(7113)
2113
(7013)
2013
(7014)
2014
(7018)
2114→
(7118→)
2214
(7114)
 
新形式
(旧形式)
Tc2201
(Tc7101)
M2101
(M7001)
M'2001
(M'7001)
M'2001
(Tc7101)
M2101
(M7001)
Tc2201
(Tc7101)
 
新番号
(旧番号)
2215
(7115)
2115
(7015)
2015
(7016)
←2016
(←7117)
2116
(7017)
2216
(7116)
 

変遷[編集]

改造後[編集]

本系列は、第1次車の2201Fのうち、大阪方ユニットの2201 - 2101 - 2001が1990年9月に武庫川車両工業で竣功、11月に神戸方ユニットの2002 - 2102 - 2202が竣功して6連を組成、試運転後、年末から旧7001形時代と同様に優等列車運用に投入されて、当時阪神の急行系車両が運行されていた阪神本線 - 神戸高速鉄道東西線 - 山陽電気鉄道本線須磨浦公園駅までの全区間で、特急から準急まですべての急行系車両を使用する列車で幅広い運用を開始した。ただ、改造当初の本系列は6連貫通編成であることと新車に近い更新を受けたことから、特急や快速急行といった最優等列車を中心に投入された。

本系列への改造は順調に進み、1991年3月に登場した第2次車2203F以降も、大阪方ユニットの登場後2 - 3か月後に神戸方ユニットが登場して6連を組成するというパターンを繰り返し、1993年1月には6次車2211Fまで竣功して7801形3次車は消滅した。引き続いて7001形の残る3編成の改造も行われ、同年11月に2215Fの神戸方ユニットである2016 - 2116 - 2216が竣功して2000系への改造が完了、8編成48両が揃った。引き続いて翌1994年から2205Fを皮切りに先頭車にスカートの取付を開始、同時期にスカート取付を実施された8000系タイプIと類似した雰囲気の前面となった。

震災後[編集]

全車登場後、当時最新鋭の8000系とともに急行系車両の主力として運用されていた本系列であったが、1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災によって8編成中5編成30両が被災した。被災編成と被災箇所およびその後の経過については以下のとおり。なお、本系列は同一系列中半数以上の車両が被災しており、全編成が被災した5261形1次車に次ぐ高い被災率である[3]

  • 2201F:三宮高速神戸行き急行として運行中、三宮駅 - 元町駅間走行中に被災。車体が側壁および間柱に衝突して全車破損。
  • 2207F:御影駅1番線留置中に被災、脱線。
  • 2211F:石屋川車庫11番線留置中に被災、脱線。
  • 2213F:石屋川車庫7番線留置中に被災、脱線。
  • 2215F:石屋川車庫9番線留置中に被災、脱線。
  • 2201Fは神戸市内地下線復旧工事に伴い、西灘駅西方の地上区間に搬出。その後大阪市西淀川区の埋立地に設けられた仮設の被災車両置き場に搬入、7月6日付で廃車。
  • 2207Fは脱線復旧後、青木駅 - 御影駅間の復旧に先んじて尼崎車庫に収容、5月15日復旧。
  • 2211Fは仮設の被災車両置き場搬出後、尼崎車庫に搬送のうえ修繕。2012 - 2112 - 2212が4月19日に、2211 - 2111 - 2011が4月26日に復旧。石屋川車庫被災車の復旧第1号となった
  • 2213F・2215Fは仮設の被災車両置き場搬出後、2213・2013・2014・2115が3月31日付で、2114・2214が7月6日付でそれぞれ廃車となった。2213F中ただ1両残った2113を、2215Fで唯一廃車となった2115の位置に組み込んで修繕を実施、2215 - 2113 - 2015が7月17日に、2016 - 2116 - 2216が7月20日に復旧して新2215Fを組成した。

なお、これら被災車両の復旧工事と崩壊した石屋川車庫や御影留置線の復旧工事期間が重なったため、尼崎車庫および尼崎駅構内の留置線だけでは在籍車両を留置するには容量が不足したことから[4]、不足分を千船駅や青木駅の待避線で代用している。

こうして被災30両のうち12両が廃車されたことから、震災後の本系列は2編成減の6編成36両となり、被災しなかった車両も復旧した車両も、震災後の車両不足の中、フル稼働で6月26日の全線復旧と8月13日の山陽電気鉄道本線への直通運転再開を迎えた。その後も苦しいやり繰りを続けながら、翌1996年3月20日のダイヤ改正では震災前のダイヤに復旧、本系列も震災後に緊急投入された9000系や8000・3000系などとともに従前どおり急行系車両の主力として運用された。この間、震災前から行われていた先頭車へのスカート取付工事は継続して施工され、全編成への装着が完了した。また、1997年から、集電状況の長期試験として、旧7001形M1車改造の2101形奇数車に2基搭載されているパンタグラフのうち、神戸方の1基を折りたたんだまま運用に従事させたところ、パンタグラフ離線による回生ブレーキ失効等の悪影響は発生しなかったため、同年以降全般検査に入場した車両から神戸方パンタグラフを撤去する改造を実施、全編成とも施行された。

終焉[編集]

連結器交換後の2000系 尼崎駅付近にて
山陽電鉄東二見車庫に回送された2210と8902

1998年2月の直通特急運転開始に伴うダイヤパターンの12分ヘッドから10分ヘッドへの変更に伴う急行系車両の運用減に際しては大きな影響を受けなかったが、2001年3月の直通特急大増発に伴うダイヤ改正以降は、特急運用に充当される機会が減り、ラッシュ時区間特急や快速急行、データイムの急行といった阪神線内で完結する運用に充当されることが多くなった。

2006年からは2009年3月20日からの西大阪線(現・阪神なんば線難波延長に伴う近畿日本鉄道奈良線との相互直通運転に備えて、バンドン式密着連結器から廻り子式密着連結器への換装を開始、本系列でも2205Fが連結器の換装を実施されたのを皮切りに連結器の換装を進めていたが、2007年中に連結器の換装が施工されなかった2203Fは、2006年に登場(2007年10月に営業運転開始)した1000系の代替として2008年2月26日付で廃車された[5]。また、2009年4月には2209Fが廃車・解体されている。同年6月には2215Fが廃車、2010年2月には1000系1211Fの代替として2205Fが廃車されている[6]

2011年6月時点での在籍数は2編成12両となり、急行系車両の最少数系列となった[7]が、さらなる1000系の増備もあり同月末をもって全車が運用を離脱し、7月1日付で2211Fが、9月5日付で2207Fがそれぞれ廃車となり本系列は全廃となった[8][9][10]。また、本系は8701·8801·8901形とともに、山陽姫路方面にも、阪神なんば線 - 近鉄難波 - 近鉄奈良方面にも、対応していなかったことからも、早期廃車対象とされた。

編成表[編集]

2006年4月1日現在[11]。震災復旧以降の編成。

← 大阪
神戸 →
廃車 備考
Tc1 M M' M' M Tc2
2203 2103 2003 2004 2104 2204 2008年2月26日[5]
2205 2105 2005 2006 2106 2206 2010年2月8日[6]
2207 2107 2007 2008 2108 2208 2011年9月5日[12]
2209 2109 2009 2010 2110 2210 2009年3月6日[13]
2211 2111 2011 2012 2112 2212 2011年7月1日[12]
2215 2113 2015 2016 2116 2216 2009年3月31日[13]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 2001形偶数番号車のうち、2016は運転台撤去改造を受けたが、代わりに簡易運転台が設置されたことになる。
  2. ^ 端子電圧300V時1時間定格出力110kW。
  3. ^ 5261形1次車には、5269 - 5270に併結されていた5151形も含む。
  4. ^ 一度に全編成を留置するわけではないが、震災前の石屋川車庫と御影留置線で6両編成を20本近く収容していたことから、これを一度に失ったことに加え、復旧工事を受ける車両は一定期間尼崎車庫および尼崎駅構内の留置線に留置せざるを得なかったことから、留置線の容量不足を窺い知ることができる。
  5. ^ a b ジェー・アール・アール『私鉄車両編成表 '08年版』2008年、174頁。
  6. ^ a b ジェー・アール・アール編『私鉄車両編成表 2010』交通新聞社、2010年、176頁。
  7. ^ 2011年7月時点での1位は8000系19編成114両、2位は1000系(6両編成と2両編成を合わせて)96両、3位は9000系5編成30両、4位は9300系3編成18両。
  8. ^ 【阪神】2000系2211F運用終了 RMニュース(ネコ・パブリッシング) - 2011年6月29日
  9. ^ 【阪神】2000系残りの1編成も営業運転終了 RMニュース(ネコ・パブリッシング) - 2011年7月5日
  10. ^ 阪神特急に高校野球看板鉄道ファン』railf.jp鉄道ニュース(交友社) - 2011年8月13日
  11. ^ ジェー・アール・アール『私鉄車両編成表 '06年版』2006年、130頁。
  12. ^ a b ジェー・アール・アール編『私鉄車両編成表 2012』交通新聞社、2012年、198頁。
  13. ^ a b ジェー・アール・アール編『私鉄車両編成表 2009』交通新聞社、2009年、175頁。

参考文献[編集]

  • 鉄道ピクトリアル』各号 1975年2月臨時増刊号 No.303 1997年7月臨時増刊号 No.640 「特集:阪神電気鉄道」 1999年3月号 No.666 「特集 電機子チョッパ車の30年」 電気車研究会
  • 鉄道ダイヤ情報』1995年3月号 No.131 「特集:阪神電車の研究」 弘済出版社
  • 『関西の鉄道』No.34 「阪神間ライバル特集」 1997年 関西鉄道研究会
  • 『サイドビュー阪神』 1996年 レイルロード
  • 『車両発達史シリーズ 7 阪神電気鉄道』 2002年 関西鉄道研究会