阿部正賀

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阿部 正賀
時代 江戸時代中期
生誕 延享3年4月24日1746年6月12日
死没 安永9年10月24日1780年11月20日
改名 惣太郎(幼名)、正賀
戒名 大空院殿円岸自性大居士
墓所 東京都台東区西浅草の東光院
官位 従五位下、駿河
幕府 江戸幕府
上総国佐貫藩
氏族 阿部氏
父母 父:阿部正鎮、養父:阿部正興
正室:大給松平近貞の娘・於只(証円院)
継室:内藤信興の娘・於貞
養子:正実、養女(織田長宇正室)

阿部 正賀(あべ まさよし)は、上総佐貫藩の第3代藩主。佐貫藩阿部家4代。

延享3年(1746年)4月24日、初代藩主阿部正鎮の三男として生まれる。正賀が生まれる前に父は正賀の姉・於雄の婿として阿部宗家から正興を養子に迎えていたため、寛延3年(1750年)6月に正興の順養子となる。宝暦12年(1762年)12月に従五位下・駿河守に叙位・任官し、宝暦14年(1764年)に正興が死去したため家督を継いだ。

明和2年(1765年)に大坂加番に任じられる。しかし、足痛を持病に持つなど病弱で藩政を執れず、藩に戻らず療養のために湯治を行なうことが多かったとされる。安永9年(1780年)10月24日に死去した。享年35。跡を養子の正実が継いだ。