陳邦瞻

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陳 邦瞻(ちん ほうせん、? - 1623年)は、明代の官僚。字は徳遠。瑞州府高安県の人。

万暦26年(1598年)に進士として南京大理評事を授けられ、南京吏部郎中を経由し、浙江参政、福建按察使、右布政使となったほか、滏陽書院を作った。光宗が即位すると、兵部右侍郎に遷って総督両広軍務兼巡撫広東となり、田州の岑茂仁の乱を平定した。その功績によって兵部左侍郎となり、戸部・工部の侍郎を兼ねた。

天啓3年(1623年)に死去したが、死因は不明。著書に『宋史紀事本末』『元史紀事本末』『荷華山房集』などがある。