隈之城村

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くまのじょうむら
隈之城村
廃止日 1929年5月20日
廃止理由 新設合併
隈之城村平佐村東水引村川内町
現在の自治体 薩摩川内市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 九州地方
都道府県 鹿児島県
薩摩郡
団体コード 廃止時制度なし
総人口 12,993
1925年[1]
隣接自治体 薩摩郡東水引村平佐村永利村高江村日置郡串木野村
隈之城村役場
所在地 鹿児島県隈之城村大字東手字向田
外部リンク なし
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隈之城村(くまのじょうむら)は鹿児島県の北西部、薩摩郡に属していた1929年(昭和4年)5月20日平佐村東水引村と合併し川内町(1940年に市制施行し川内市)となり、自治体としては消滅した。

郡制下における薩摩郡役所の所在地であり、現在の薩摩川内市さつま町における中心地として発展した。

概要[編集]

川内平野の南東部、川内川の南岸に位置していた。村役場は東手の向田に設置されていた。1881年明治14年)に村内の大字東手に薩摩郡高城郡出水郡伊佐郡甑島郡の5郡の郡役所が設置された[2]

隈之城村は西手、東手、宮里の3大字から編成されており[1]、現在の冷水町隈之城町中福良町青山町都町尾白江町木場茶屋町宮崎町矢倉町勝目町山之口町川永野町向田町宮里町向田本町東向田町西向田町神田町若松町東開聞町西開聞町が村域にあたる。

地理[編集]

河川[編集]

沿革[編集]

  • 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により、隈之城郷に属していた向田町、宮里村、西手村、東手村の区域より隈之城村が成立。
  • 1929年(昭和4年)5月20日 - 平佐村及び東水引村と合併し川内町となる。

行政[編集]

歴代村長[編集]

町村制施行以降の村長を記載する。『川内市史 下』169頁から170頁の表記に基づく。但し、旧字体については新字体に置換えるものとする。

氏名 就任期間
初代村長 木原義高 1889年 - 1901年
二代村長 浜田時中 1901年 - 1913年
三代村長 木原武秀 1913年 - 1919年
四代村長 折田勇吉 1919年 - 1927年
五代村長 江口助志 1927年 - 1929年

人口[編集]

以下の人口遷移表は『川内市史 下』の別表の記述に基づく。

凡例
人口(人)
1882年 6,449
1902年 8,220
1912年 10,885
1922年 12,993
1926年 13,443

交通[編集]

鉄道[編集]

出身有名人[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 角川日本地名大辞典 46 鹿児島県』角川書店 p.263
  2. ^ 鹿児島県の地名 p.415

参考文献[編集]

  • 『日本歴史地名体系 47 鹿児島県の地名』平凡社、1998年。ISBN 4-582-49047-6。

関連項目[編集]