雄武駅

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雄武駅
駅跡に開業した道の駅おうむ
駅跡に開業した道の駅おうむ
おむ
Omu
所在地 北海道紋別郡雄武町字雄武
所属事業者 日本国有鉄道(国鉄)
所属路線 興浜南線
キロ程 19.9km(興部起点)
電報略号 オム←ヲム
駅構造 地上駅
ホーム 1面1線
開業年月日 1935年昭和10年)9月15日
廃止年月日 1985年昭和60年)7月15日
備考 興浜南線廃線に伴い廃駅
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1978年の雄武駅と周囲約500m×750m範囲。下が興部方面。写真下側に駅本構があり、そこより国道238号線を横切って、写真上端に見える市街中心から外れた北に設けられたストックヤードへ、貨物線が伸びている。駅本構内自体は狭く、単式ホーム1面と幾つかの副線、北側に転車台の残った車庫を持つ。本線の延長線上に、左上の学校の地下を通って枝幸へ向かう予定だった興浜線の未成区間の、この時点ではまだ建設中の路盤が見える。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成

雄武駅(おむえき)は、北海道紋別郡雄武町(おうむちょう)字雄武にあった日本国有鉄道興浜南線廃駅)である。興浜南線の廃線に伴い1985年(昭和60年)7月15日に廃駅となった。

概要[編集]

雄武駅は、興部駅から北上してきた盲腸線である興浜南線の終端駅である。興浜南線が興浜線(興部駅 - 浜頓別駅)の先行開業区間として開業した経緯で、当駅は盲腸線の終端駅となった。当駅から北に向かい、枝幸郡枝幸町興浜北線北見枝幸駅との間の未成区間が計画され、路盤や施設などは一部が建設されていた。しかし、社会情勢の変化に伴い、この未成区間は開通することなく、興浜南線とともに雄武駅は廃止された。本来興浜線の途中駅となる計画であったため、線路は駅からさらに数百メートル北上した地点まで伸びていた。

駅名は「おむ」と読むが、所在する雄武町は「おうむ」と読み、駅名と地名では読み方に相違があった。

駅構造[編集]

廃止時点で、単式ホーム1面1線を有する地上駅で、終端駅であった[1]。ホームは線路の北東側(雄武方面に向かって右手側)に存在した。このほか貨物線、留置線、給水線など[2]、旅客用の1番線の外側に4番線までと、興部方から駅舎側に分岐し駅舎南側のホーム切欠き部分の貨物ホームへの貨物側線を1本有していた[1][3]。1番線の先には1975年(昭和50年)3月時点で専用線[3]が続いており、3番線の先には蒸気機関車時代の転車台が残っていた[1]

線路の延長上に興浜北線北見枝幸駅までの未成線の路盤が10km以上先まで続き、駅の北側には「雄武トンネル」も完成していた[1]

職員配置駅で、駅舎は線路の東側に位置しホーム中央部分に接していた[1]

貨物列車は1980年(昭和55年)時点で隔日運転で、発送荷物はパルプ用丸太、到着貨物は石油、肥料、飼料が主であった[2]

駅名の由来[編集]

当駅の所在する地名より。地名は、アイヌ語の「オムイ[4]」(川尻・塞がる・所)、あるいは単に「オム[5]」(川尻・塞がる)に由来する[6][7]。現在の雄武川の河口が、風や潮流に運ばれた砂で塞がれることから付けられた地名である。

駅周辺[編集]

歴史[編集]

駅跡[編集]

道の駅駐車場の一角にある記念碑

駅舎は取り壊され、跡地には2000年(平成12年)時点で地域交流センターが新築され[8]、バスターミナル、「道の駅おうむ」となった。また、地域交流センター横に「歴闘五十年 興浜南線終着駅 おむ」という記念碑が設置されている[3]。駅近辺には2010年(平成22年)時点で未成区間の「雄武トンネル」も残存している[9]

隣の駅[編集]

日本国有鉄道
興浜南線
栄丘駅 - <雄武共栄仮乗降場> - 雄武駅 - (未成区間)元稲府駅(計画・仮称)[9]

簡易軌道雄武線[編集]

かつて当駅から幌内川中流域の上幌内地区へ向け、簡易軌道雄武線が運行されていた[10]。計画は雄武駅 - 上幌内地区27km、開業区間は雄武駅 - 上雄武駅間12.0km。動力は内燃。栽培されていた甜菜及び森林資源の搬出が目的であった[11]。しかしモータリゼーションにより未完成区間の工事は1953年度(昭和28年度)限りで中止となり[11][12]、開業区間も撤去された。機関車は歌登町営軌道に転用された[13]

歴史[編集]

詳細不明とする資料もある[14]

  • 1950年(昭和25年) - 雄武駅 - 上幌内駅間工事着工[11]
  • 1953年(昭和28年)時点 - 完成済み区間である雄武駅 - 上雄武駅間が運行中[11]
  • 1954年(昭和29年)3月頃 - 未完成区間の工事中止[11]
  • 1956年(昭和31年) - 廃止[15]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e 『国鉄全線各駅停車1 北海道690駅』 宮脇俊三原田勝正小学館、1983年7月、214頁。ISBN 978-4093951012。
  2. ^ a b c 『終着駅 国鉄全132』 雄鶏社、1980年10月、12-13頁。ASIN B000J83NES
  3. ^ a b c 三宅俊彦 『廃線終着駅を訪ねる 国鉄・JR編』 JTBパブリッシング、2010年3月、42頁。ISBN 978-4533078637。
  4. ^ アイヌ語ラテン翻字: o-mu-i
  5. ^ アイヌ語ラテン翻字: o-mu
  6. ^ アイヌ語地名リスト エン~オニシ P21-30P”. アイヌ語地名リスト. 北海道 環境生活部 アイヌ政策推進室 (2007年). 2017年10月20日閲覧。
  7. ^ 書籍『北海道の駅878ものがたり 駅名のルーツ探究』(監修:太田幸夫、富士コンテム、2004年2月発行)123ページより。
  8. ^ 『鉄道廃線跡を歩くVII』 宮脇俊三、JTBパブリッシング〈JTBキャンブックス〉、1999年12月、32頁。ISBN 978-4533033766。
  9. ^ a b 『新 鉄道廃線跡を歩く1 北海道・北東北編』 今尾恵介、JTBパブリッシング、2010年3月、24-25頁。ISBN 978-4533078583。
  10. ^ 運行実績に関する文献資料は見当たらない(『雄武町百年史』2006年、1087-1089頁)
  11. ^ a b c d e 田中和夫 『北海道の鉄道』 北海道新聞社、2001年1月、274-275頁。ISBN 978-4894531369。
  12. ^ 『混合列車』第19号、北海道大学鉄道研究会、1990年。
  13. ^ 湯口徹『簡易軌道見聞録』プレスアイゼンバーン、1979年、22頁
  14. ^ 『日本鉄道旅行地図帳 全線全駅全廃線 1 北海道』 今尾恵介新潮社〈新潮「旅」ムック〉、2008年5月、22-23頁。ISBN 978-4107900197。
  15. ^ 本久公洋 『北海道の鉄道廃線跡』 北海道新聞社、2011年9月、368頁。ISBN 978-4894536128。

関連項目[編集]