難波祐樹

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
検索に移動

難波祐樹(なんば ゆうき、1983年7月10日 - )は、京都府亀岡市出身の日本の陸上競技選手中距離走長距離走)、現指導者順天堂大学卒業。元JALグランドサービス所属。大分東明高等学校女子駅伝部コーチを経て、現在は京都府立南丹高等学校陸上部監督を担当。

経歴[編集]

亀岡小学校亀岡中学校時代はサッカーをして過ごした[1]1999年の第4回全国都道府県対抗男子駅伝競走大会に京都府代表選手として出場、6区3kmを8:51のタイムで走破し区間賞を獲得した。

中学卒業後は駅伝の名門、洛南高等学校へ入学し陸上部に所属。2000年の第63回中国山口駅伝には洛南高校の代表選手として出場し、6区15.9kmを50:21のタイムで走破し区間賞を獲得している。

高校卒業後、順天堂大学に入学。その後は、第71回から74回の日本学生陸上競技対校選手権大会ハーフマラソン3000mSCの種目に4年連続出場した。箱根駅伝には第79回大会から第82回大会まで4年連続出場を果たした。1、2年時は5区を担当し箱根の山登りに挑んだ。3年時には主将として第81回大会の8区を担当したが、後半失速し1時間07分07秒の区間10位となり順天堂大学は5位に終わった。翌年の大学4年時には再び8区を担当、2位中央大学に2分53秒のタイム差でタスキを受け取ったが、脱水症状を起こし大失速、中継所手前で3人に抜かれて4位まで順位を落とし、区間記録は1時間10分33秒の20位(最下位)であった。難波の箱根駅伝史に残る大ブレーキで、順天堂大学は優勝争いから脱落し4位に終わった。難波の卒業した翌年、順天堂大学は箱根駅伝で総合優勝を果たすが、TV中継新春スポーツスペシャル箱根駅伝では東京・大手町のゴール地点の後輩たちの下に駆けつけて涙を流す難波の姿が映し出されていた。

2010年4月、JALグランドサービス陸上競技部の廃部に伴い、大分東明高等学校のコーチに就任。それから5年後の2015年4月、京都府立南丹高等学校の陸上部監督に転任(比護信子は陸上部部長へ変更)。

脚注[編集]

[脚注の使い方]

関連人物[編集]