電気ビル前停留場

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
電気ビル前停留場
電気ビル前停留場
電気ビル前停留場
でんきビルまえ
Denkibirumae
C11 桜橋 (0.3km)
(0.2km) 地鉄ビル前 C13
所在地 富山県富山市桜橋通り
駅番号 C12
所属事業者 富山地方鉄道
所属路線 富山市内軌道線本線
キロ程 3.1km(南富山駅前起点)
駅構造 地上駅
ホーム 相対式2面2線
開業年月日 1934年(昭和9年)頃
テンプレートを表示
電気ビル前停留場の位置(富山県内)
電気ビル前停留場

電気ビル前停留場(でんきビルまえていりゅうじょう)は、富山県富山市桜橋通りにある、富山地方鉄道富山市内軌道線本線の停留場である。電停No.はC12

富山県道22号富山停車場線上の併用軌道に設置されている。

構造[編集]

周辺の主な施設・店舗[編集]

当駅周辺は県下随一のビジネス・オフィス街。停留場名の元となっている富山電気ビルデイング、北日本桜橋ビル(旧住友生命ビル)、第一生命ビル、フコク生命など各保険会社のビルをはじめ、ホテルグランテラス、興銀ビル、NTT西日本ビルなど、中央郵便局前交差点から桜橋にかけては、重厚なオフィスビルが立ち並ぶ。

歴史[編集]

昭和20年代における電気ビル前停留場附近
  • 1934年頃 - 桜橋 - 富山駅前 - 総曲輪間のルート変更に伴い、富山市営軌道の桜橋北詰停留場として開業[1]
  • 1936年(昭和11年)4月15日 - 宮下線(桜橋北詰 - 赤十字病院角)間開業[2]
  • 1937年(昭和12年)9月11日 - 神通川廃川地埋立事業に伴って富山電気ビルデイングが竣工し、当停留場がその北入口前に所在していたことから、富山電気ビルデイング株式会社は富山市に対して当停留場を「電気ビル前」と改名してほしい旨を陳情していたが、同日付けを以て富山市と富山電気ビルディング株式会社との間に契約書が手交され、富山電気ビルデイングが富山市に対して一ヶ月40円を負担することを条件として、当停留場を電気ビル前停留場と改称することになった[3]
  • 1943年(昭和18年)1月1日 - 路線譲渡により富山地方鉄道の停留場となる[4]
  • 1945年(昭和20年)8月2日 - 富山大空襲の戦災より休止[5]
  • 1946年(昭和21年)1月14日 - 南富山駅前 - 富山駅前間復旧に伴い営業再開[6]
  • 1949年(昭和24年)12月30日 - 宮下線(電気ビル前 - 東田地方間)営業再開[6]
  • 1964年(昭和39年)11月8日 - 東部線付け替えに伴い宮下線廃止[7]

隣の停留場[編集]

富山地方鉄道
富山市内軌道線(本線)
桜橋停留場(C11) - 電気ビル前停留場(C12) - 地鉄ビル前停留場(C13)
富山市内軌道線(宮下線)(1964年廃止)
電気ビル前停留場 - 東田地方停留場

脚注[編集]

  1. ^ 今尾恵介(監) 『日本鉄道旅行地図帳 6号 北信越―全線・全駅・全廃線』 新潮社、2008年、36頁。ISBN 978-4107900241。
  2. ^ 富山地方鉄道(編) 『富山地方鉄道五十年史』 富山地方鉄道、1983年、159頁。
  3. ^ 富山電気ビルディング株式会社編、『五十年史』、1986年(昭和61年)6月、富山電気ビルデイング株式会社
  4. ^ 1942年12月7日軌道譲渡許可「軌道譲渡」『官報』1942年12月21日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  5. ^ 富山地方鉄道(編) 『写真でつづる富山地方鉄道50年の歩み』 富山地方鉄道、1979年、175頁。
  6. ^ a b 富山地方鉄道(編) 『富山地方鉄道五十年史』 富山地方鉄道、1983年、378頁。
  7. ^ 富山地方鉄道(編) 『写真でつづる富山地方鉄道50年の歩み』 富山地方鉄道、1979年、176頁。

関連項目[編集]