青木文一郎

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青木 文一郎(あおき ぶんいちろう、1883年8月16日 - 1954年7月2日)は日本の哺乳類学者。

人物[編集]

1883年岐阜県生まれ[1]東京帝国大学卒業。九州帝国大学助手、旧制愛知医科大学(現名古屋大学)教授、台北帝国大学理農学部動物学教室教授を経て、1949年岐阜大学初代学長(1949年5月31日〜1954年7月1日)[2]となった。1954年7月2日、岐阜大学学長在職中に死去した(徳田御稔 1970)[1]

栄典[編集]

著書[編集]

論文[編集]

  • 青木文一郎 (1911), “日本のヒミズモグラ類”, 動物学雑誌 23 (268): 101-102, NAID 110004627008, http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/10828758 


関連人物[編集]

関連項目[編集]

参考文献[編集]

  • 徳田御稔 (1970), “日本哺乳類の科学的研究の創始者・青木文一郎氏 - 特に大英博物館での活躍について -”, Nature Study 16: 131-132 

脚注[編集]

  1. ^ a b 国立国会図書館(NDL)典拠データ検索
  2. ^ 岐阜大学歴大学長”. 2013年5月18日閲覧。
  3. ^ 『官報』第3101号「叙任及辞令」1937年5月8日。