青柳幸一
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
青柳 幸一(あおやぎ こういち、1948年[1] - )は、日本の法学者(憲法)。明治大学法科大学院元教授。元司法試験考査委員。人権の基礎理論(個人の尊厳など)、マイノリティの人権・人権の司法的保障を中心に研究していた[2]。
目次
略歴[編集]
獨協大学法学部卒業[3]。慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程単位取得満期退学。横浜国立大学大学院国際法学研究科助教授、同・教授、筑波大学法科大学院教授等を経て、2002年4月から2005年10月まで旧司法試験考査委員(憲法)、2005年4月から2015年9月8日まで新司法試験考査委員(憲法、2005年10月以降は同主査)を歴任。2011年4月から2015年9月12日まで明治大学法科大学院教授[4][5][6]。博士(法学)(乙種博士)(2010年、慶應義塾大学)[7]。
師である芦部信喜は、体系書『憲法学III人権各論(1)』公刊後も、人権各論の執筆を続けていたが、完結を見る前に逝去した。青柳は、その執筆部分を補った『憲法学III人権各論(1)[増補版]』の刊行に関わった[8]。
人物[編集]
法科大学院と司法試験制度についての理念[編集]
青柳は、筑波大学が法科大学院を設置してそこに着任した際、「『理性の府』であるべきはずの大学でも、自己保身や私利私欲、事勿れ主義が多く見られる。私は、大学は勿論のこと、公正で、明確な問題解決を行う社会に変わって欲しいと願っている」と述べている[9]。また、合格者数に枠を設けることに反対し、「法科大学院できちんと勉強し、新司法試験で一定の成績を収めた者はすべて合格にする制度が良い」と主張している[9]。なお青柳本人によると、「青柳先生の授業を受けることができただけで、筑波大学法科大学院に入学した甲斐がありました」という言葉が寄せられたという[9]。
法科大学院の授業については、「自説のみを押し付ける授業や、自説の立場からのみ判例に批判的に言及するだけの授業は、『不可』である」[9]、「教える者も人間性豊かで、責任感と倫理観に富む人間でなければならない」[9]、「真面目に勉強する学生の、正当な権利・利益を侵害することがあってはならない」[9]と述べている。
司法試験問題漏洩[編集]
考査委員解任と刑事告発[編集]
2015年9月8日、同年5月の司法試験において、自身が作成した試験問題を教え子の20代女性受験者Aに漏洩させたとして、法務省から考査委員を解任されるとともに、国家公務員法(守秘義務)違反容疑で東京地検特捜部に告発された[5][10][11]。Aが憲法分野で高得点を取ったことから、同省が調査を実施したところ、青柳・Aともに漏洩の事実を認めた結果であった[5][12][13]。司法試験の漏洩により法務省が刑事告発するのは、日本では本件が初めてである[5][11]。もっとも、青柳は、その際、疑念を抱いた考査委員に対して、「信頼している考査委員から漏れたとは思えない。良くできた答案もあるんじゃないか」[14]と述べて事態の幕引きを図っていたことが明らかになっている。
青柳は、新司法試験が導入された2006年から、憲法に関する試験問題の作成と採点を担当する考査委員を務めていた[5][11]。考査委員は法務大臣が任命する非常勤の国家公務員としての身分を有する[5][13]。
刑事裁判の過程で、Aとは在学中の2013年から交際し、Aが2014年3月に大学院を修了してからも交際が続いていたことが明らかになった[14]。漏洩事件発覚前から青柳とAとの関係は学内でも知られており、一度目の試験で不合格だったAに対し、青柳は次は合格させたいと思ったと語っている[15]。
関係機関による一連の対応[編集]
司法試験委員会によると、Aの試験を採点していた他の考査委員が、その突出した答案内容について「出題内容が漏えいした可能性がある」と察知し、情報提供があったため発覚したという[12][13]。同委員会は、同年9月5日[13]にAを採点対象から除外、司法試験と司法試験予備試験の受験を5年間禁止とした。また、漏洩があったのは1人に限られており、合格者の判定に与えた影響はなかったとされた[5][11][12]。
しかし同月20日、短答式試験の問題も論点を漏らした疑いが浮上した[16]。2015年司法試験の短答式試験の2日前に、明治大学法科大学院の授業において、「財産権について『今年の司法試験の短答式で出している』などと説明」[16]したという。その後の翌2016年2月、内部調査を進めていた明治大学は、青柳が短答式試験の2日前、法科大学院の授業中に特定の条文を挙げて「今年の短答式に出していて、テキストにも書いてある」と発言していた事実を認めて公表した[17]。実際にその特定の条文が試験に出題され、青柳の本を読めば簡単に答えられる内容だったという[17]。しかし、大学側は、授業を受けていた学生は同年の司法試験を受けておらず、実際の受験生にも授業中の発言は伝わらなかったと判断したと述べている[17]。
本件について上川陽子法務大臣は、記者会見で「誠に遺憾。近くワーキングチームを設置して原因を調査し、再発防止を図りたい」と述べた[12][13][18]。
青柳が所属する明治大学広報課は、本人が同年9月8日に電話で「司法試験委員会から指摘を受けた当初は否認したが、特捜部の聴取を受けて漏洩を認めた」と説明[19]、「大学と社会を騒がせて申し訳ない」と話していると発表した[12][13]。
同大学は青柳の処分について、同年9月11日に開催された理事会において、「著しく大学の信用を傷つけ、名誉を汚す行為があった」との理由で教職員就業規則に基づき、同年9月12日付で懲戒免職とすることを決定した[20][21][22][23]。
これを受け、法務省は2016年の司法試験考査委員から法科大学院教員を外す措置をとったが、漏洩防止策などの提言を取りまとめた日本弁護士連合会の早稲田祐美子副会長(元森・濱田松本法律事務所パートナー)は、定例会見で「考査委員の選任には、かなり苦労したと聞いている」とし、「できれば来年の問題作りから、元に戻していただきたい」と述べた[24]。
刑事裁判[編集]
2015年12月24日の第一審判決では、「被告人は、自身が勤務する法科大学院の学生であった同女と交際していたところ、同女が前年の司法試験で不合格となったことを契機に、司法試験考査委員の立場にありながら、同女を同試験に合格させることを目的として、自ら進んで本件犯行に及んだものであり、その経緯動機に何ら酌むべきものはなく、むしろ、強い非難に値する。被告人が漏示したのは、司法試験の短答式試験の憲法の全問題及び論文式試験の問題1問であり、これを複数回にわたり繰り返し同女に示し、解かせて指導したもので、試験の公正が害される重要事項についての漏洩であり、漏洩の範囲、程度も大きい」と判示された[25]。その上で、「本件は相当期間の懲役刑を科するのが相当な事案であるが、他方で、直ちに実刑に処するほかないとまではいえない」[25]として、懲役1年・執行猶予5年の有罪判決となった[25]。被告人・検察双方が控訴しなかったため、そのまま確定した[26]。
著作[編集]
文献[編集]
- 『個人の尊重と人間の尊厳』(尚学社・1996年)
- 『人権・社会・国家』(尚学社、2002年)
- 『ベーシック・ラーニング ロースクール憲法』(戸松秀典との共編) (第一法規、2004年)
- 『憲法における人間の尊厳』(尚学社・2009年)
- 『わかりやすい憲法(人権)-警備業実務必携』(立花書房・2013年)
- 『憲法学のアポリア』(尚学社・2014年8月)
- 『憲法』(尚学社・2015年2月)
論文[編集]
- 「教師による生徒へのセクシュアル・ハラスメントと学校区の責任」[27]。
脚注[編集]
- ^ 青柳幸一 『憲法における人間の尊厳』 尚学社、2009年3月。ISBN 978-4-86031-059-2。 NCID BA89854087。、奥付。
- ^ “青柳 幸一 - Webcat Plus”. webcatplus.nii.ac.jp. 2018年1月10日閲覧。
- ^ 「明大院教授 青柳幸一67歳が夢中で口説いた「黒髪の乙女」」『週刊文春』2015年9月24日号、文芸春秋、東京、2015年9月16日、 148頁、 ASIN B014V7WK82。
- ^ “青柳 幸一”. 明治大学. 2013年5月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年9月21日閲覧。
- ^ a b c d e f g “法務省、明大教授を告発 守秘義務違反疑罪、東京地検特捜部が捜査 法務省「合格者への影響ない」”. 産経新聞社 (2015年9月8日). 2016年8月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年9月8日閲覧。
- ^ 『わかりやすい憲法(人権)―警備業実務必携』著者紹介 紀伊國屋書店
- ^ “憲法における人間の尊厳 (尚学社): 2009”. 国立国会図書館サーチ. 2015年9月21日閲覧。
- ^ 『憲法学III人権各論(1)[増補版]』(有斐閣、2000年)iv頁
- ^ a b c d e f 筑波フォーラム 71号40-43頁
- ^ “明大法科大学院教授立件へ 司法試験漏えい、特捜部”. 共同通信社. (2015年9月8日) 2015年9月8日閲覧。
- ^ a b c d “司法試験漏洩、法務省が刑事告発 東京地検特捜部が捜査”. 朝日新聞. (2015年9月8日) 2015年9月8日閲覧。
- ^ a b c d e “法務省、明大大学院教授を告発=司法試験問題漏えいで-東京地検が本格捜査”. 時事通信社. (2015年9月8日) 2015年9月8日閲覧。
- ^ a b c d e f “司法試験漏えい捜査 特捜部 国家公務員法違反疑い”. 東京新聞. (2015年9月8日) 2015年9月8日閲覧。
- ^ a b https://web.archive.org/web/20160821015552/http://www.sankei.com/affairs/news/151210/afr1512100030-n1.html
- ^ 「司法試験漏洩教授 黒髪の乙女が日記に綴っていた変態性癖」『週刊文春』2015年11月19日号、文芸春秋、東京、2015年11月19日、 32頁。
- ^ a b http://www.sankei.com/affairs/news/150920/afr1509200012-n1.html
- ^ a b c http://www.asahi.com/articles/ASJ2H3HB4J2HUTIL00P.html
- ^ “法務大臣閣議後記者会見の概要”. 法務省 (2015年9月8日). 2015年9月28日閲覧。
- ^ “短答式でも漏洩か 教授担当分野、教え子の女性は満点”. 朝日新聞. (2015年9月10日). オリジナルの2016年3月5日時点によるアーカイブ。 2015年9月28日閲覧。
- ^ “法科大学院教授による司法試験問題漏えいに関する懲戒処分について (PDF)”. 明治大学 (2015年9月11日). 2015年9月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年9月12日閲覧。
- ^ “明大院教授を懲戒免職 司法試験問題を漏洩”. 朝日新聞. (2015年9月11日). オリジナルの2015年11月6日時点によるアーカイブ。 2015年9月12日閲覧。
- ^ “明大が教授を懲戒免職へ 司法試験漏えい事件”. 産経新聞. (2015年9月11日). オリジナルの2016年3月4日時点によるアーカイブ。 2015年9月12日閲覧。
- ^ “明大、青柳教授を懲戒免職 司法試験漏えい事件”. 日本経済新聞. (2015年9月11日). オリジナルの2016年3月4日時点によるアーカイブ。 2015年9月12日閲覧。
- ^ 「日弁連「司法試験はこのままでは持たない」試験問題漏洩対策で考査委員選びに難航」弁護士ドットコム2016年05月12日 10時31分
- ^ a b c 東京地方裁判所判決/平成27年(特わ)第2066号
- ^ http://www.sankei.com/affairs/news/160329/afr1603290039-n1.html
- ^ ジュリスト1170号269頁
外部リンク[編集]
- 明治大学法科大学院 青柳幸一 (リンク切れ)
- 上記サイトのログ(インターネットアーカイブ)
- 青柳幸一 - KAKEN 科学研究費助成事業データベース
- 研究者リゾルバーID:1000050150941、論文一覧(CiNii)