青梅市民斎場

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青梅市民斎場(おうめしみんさいじょう)とは、東京都青梅市長淵5丁目698番地の2にある葬儀場である。

概要[編集]

斎場のある長淵は旧調布村域で、青梅市墓地公園、青梅市火葬場など、関連の施設が集まる。もともとこの場所には地区の有志が設立した団体「敬真社」が設けた共同墓地があった。敬真社は公衆衛生の改善や葬儀費用の節約を目的として1926年7月に設立された社団法人で、墓地は葬祭式場も備えていた[1]

敬真社が設けていた火葬場は青梅町霞村調布村が共同で買収し、1950年に奥多摩火葬場として完成後、青梅市制施行により青梅市営となった[2]。墓地も1965年に市が敬真社の土地を取得、1969年から市営の墓地、青梅市墓地公園として段階的に使用された[3]。こうした設置の経緯から、園内は市営化以前から存在する自由墓地と市営化後の規格墓地が混在する形となっている[4]

その後、青梅市の都市化に伴い、市民の中には葬儀会場の確保が困難となる者が出てきた。これに対処するため長淵に1997年3月から建設が進められ[5]、1998年7月から使用が開始された斎場が青梅市民斎場である[6]。葬儀専用施設であり、仏式、神式、キリスト教式の葬儀に対応している。施設内には遺族室・僧侶控え室・会席室・更衣室がある。開設年度にあたる平成10(1998)年度には192件[7]、翌平成11(1999)年度には323件の、平成18(2006)年度には492件の利用があった[8]

青梅市火葬場は斎場に隣接し、斎場の開設に際して運営を共通化する対応がなされた[9]。間に東京都道31号青梅あきる野線を挟んでおり斎場との行き来が危険であるため、老朽化した火葬場が2007年に改築された際に地下通路が設けられた[10]

アクセス[編集]

自動車[編集]

鉄道[編集]

バス[編集]

  • 上記の2駅から西東京バスを利用する。開設当初は斎場へのバスはなく、「明星大学入口」バス停から徒歩5分と案内されていた[6]。しかしバス停からの歩道が狭く、斎場への公共交通機関を求める意見が多かったことから、市が赤字補填を行う前提で2011年から斎場へのバス運行が始まった。付近にはバスが転回できる場所がないため、小型バスで運行されている[11][12]が、利用状況の低迷により同便は2018年3月31日をもって廃止される予定である[13]

脚注[編集]

  1. ^ 『調布村勢一覽 大正十五年』西多摩郡調布村、1926年。
  2. ^ 青梅市役所青梅市展望編纂委員編集『青梅市展望 市制施行記念』東京都青梅市青梅市役所、1951年、90ページ。
  3. ^ 「市営墓地の使用者を募集 希望者は五月中に申込手続を ―永代使用料は一区画九万五千円―」『広報おうめ』第200号、東京都青梅市役所、1969年5月15日、6ページ。
  4. ^ 「青梅市営青梅市墓地公園」『首都圏公営霊園ガイド 1989年度版』創通メディア、1989年、24ページ。ISBN 4-915620-27-1。
  5. ^ 「青梅市民斎場 7月中旬に開設」『広報おうめ』第864号、青梅市役所秘書広報課、1998年6月15日、3ページ。
  6. ^ a b 「青梅市民斎場 7月18日(土)に開設」『広報おうめ』第865号、青梅市役所秘書広報課、1998年7月1日、1ページ。
  7. ^ 『青梅市議会(定例会)会議録 平成12年第2回』青梅市議会、2000年、42ページ。
  8. ^ 『青梅市議会(定例会)会議録 平成20年第1回』青梅市議会、2008年、152ページ。
  9. ^ 平成20年度公共施設評価シート(平成19年度施設管理)青梅市火葬場
  10. ^ 多摩・島しょ地域における火葬場の需給及び運営に関する調査研究報告書』東京市町村自治調査会、2015年3月、33ページ。
  11. ^ 「青梅市民斎場行き 14日から路線バス 市が赤字補充」『読売新聞』2011年11月12日付33面(多摩)。
  12. ^ 「市民斎場」行きのバス路線が運行開始!」『広報おうめ』第1186号、2011年11月15日、3ページ。
  13. ^ 4月1日(日)ダイヤ改正に伴う一部系統の廃止及び減回について - 西東京バス 2018年3月2日