静岡市電気部

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静岡市電気部(しずおかしでんきぶ)は、1911(明治44)年から1942(昭和17)年まで静岡市(1889年~2003年)が経営していた電気事業である。

なお、前身の「静岡電灯(しずおかでんとう)」についてもこの項に記述する。

静岡電灯[編集]

静岡電灯株式会社は1896年8月30日に設立され、1897年1月16日に静岡市呉服町で試験点灯をし同市で初めて電気が灯った。3月3日より営業を開始した。

  • 営業区域は、静岡市、大里村安東村豊田村南安東、南賤機村の各一部(現在はいずれも静岡市)
  • 発電所:汽力発電所(下魚町の宝台院境内、本社もここに設置)総出力315kW
  • 需要家数:1,546戸、取付電灯数:7,738灯(電灯のみ、1910年12月末時点)
静岡市電気部の紋章

静岡市電気部[編集]

静岡電灯は1911年2月28日に静岡市に譲渡(買収額13万円)され、翌3月1日に静岡市電気部が発足。静岡電灯の設備、事業を受け継ぎ供給を開始した。その後発電設備は同年9月より四日市製紙の発電所からの購入に切り替え、東京電灯からも買電した。
1932年に東京電灯の芝川にある発電所と送電線路および供給区域の競合する東京電灯の配電設備を買収し、発電から配電まで一貫経営、静岡市内独占供給に戻る。なお、1934年に静岡市に編入された安倍旧5か村については電気部の供給区域とはならず、従来どおり東京電灯ならびに静岡電気鉄道が供給していた。

  • 需要家数:電灯31,422戸、取付電灯数:128,411灯 電力4,115戸、契約10,466kW(1941年3月末時点)

1942年4月1日国家総動員法に基づく配電統制令(電力統合令)を受け、電気事業設備を中部配電株式会社に出資し解散した。

なお、静岡市は現在も電気部時代の収益を「静岡市電気事業経営記念基金」として運用管理している。

静岡市に供給していた他の電気事業会社[編集]

  • 中駿電気(1910年-)→1911年富士水電と合併
  • 富士水電(1910年-)→1925年東京電灯と合併
  • 四日市製紙(1911年静岡市に供給開始)→静岡電力(電力卸売会社、1920年-)→1926年東京電力と合併→1928年東京電灯と合併
  • 安倍電気(1913年-)→1921年駿遠電気と合併
  • 井川水電(1918年-)→1927年井川電灯に改称 →1942年中部配電へ統合
  • 駿遠電気(1919年-)→1923年静岡電気鉄道に改称 静岡鉄道の前身の1つ →1943年中部配電へ電気事業を譲渡
  • 朝比奈水力電気(1920年-)→1937年東京電灯と合併
  • 大河内電気(1921年-)→大河内電灯(1923年-)→1943年中部配電へ統合
  • 西河内電灯(1921年-)→1937年東京電灯へ統合
  • 梅ケ島電業所(1924年-)→1943年中部配電へ統合
  • 東京電灯 1925年に富士水電と合併したのを機に静岡市に進出 →1942年関東配電へ統合
  • 玉川水電信用販売購買利用組合(1926年-)→1943年中部配電へ統合

ちなみに、9配電会社発足後、静岡県へは当初関東配電が全域電力供給していたが、半年後に富士川以西が中部配電の供給区域に変更された。(現在の中部電力供給区域)