静恵法親王

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静恵法親王(じょうえほっしんのう、長寛2年(1164年) - 建仁3年3月13日1203年4月26日))は、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての法親王。父は後白河天皇。母は遊女丹波局。三千院宮・青竜院宮とも称される。

青蓮院の覚忠の門に入って得度し、1181年養和元年)一身阿闍梨となる。翌1182年寿永元年)頌子内親王の猶子となり、1191年建久2年)親王宣下を受けた。翌1192年(建久3年)浄妙寺別当となり、1196年(建久7年)には園城寺長吏に就任した。