顧況

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

顧 況(こ きょう、725年 - 814年?)は、中国詩人は逋翁(ほおう)。号を華陽山人、また悲翁という。蘇州海塩県の出身。

略歴[編集]

粛宗至徳2載(757年)の進士徳宗のときに秘書郎となり、権官の李泌に師事していたが、李泌が宰相となったとき、自分も昇進すると期待したが、かなり遅れて著作郎に転任したにとどまった。

李泌の死後、弔いもせずに嘲笑的な詩を作ったため、饒州司戸参軍に左遷され、やがて家族を引き連れて茅山(現在の江蘇省鎮江市句容県の南東)に籠もり、最後は消息不明となったので、仙人の術を得たと伝わる。

今日では『華陽真逸詩』二巻などが残っている。

出典[編集]